今年の総選挙は、各地の刺客が話題になっています。果たし合いではあるまいし、ちょっと物騒な呼び名で感心したものではないと思うのですが、これで関心が高まれば、まあいいかというところでしょうか。
これを競馬に当て嵌めれば、ディープインパクトに刺客がいるかということになるでしょう。秋競馬最大の話題、これに立ちはだかるものが出てくるかどうか。可能性の有無はともかくも、多くがディープインパクトへの刺客たらんと虎視眈々です。
今では伝説になっていますが、昔、シンザン無敵の牙城に立ち向かった刺客がいました。
まず、3冠の舞台となった菊花賞におけるカネケヤキです。この牝馬はこの年昭和39年の桜花賞、オークスの2冠を制し、ここで3つ目のタイトルを目指していました。シンザンの3冠達成に全ての関心が寄せられ、このことに思いをはせる者は少なかったのでした。しかし、カネケヤキの野平祐二騎手は果敢に逃げることにより、刺客たらんと奪斗しました。淀3000mの逃げ、しかも牝馬であってスタンドを沸かせたプレイは、目の当たりにした者の胸をかき立てました。
それから、シンザン4歳の秋、天皇賞、有馬記念でこれに立ち向かったミハルカスの加賀武見騎手も、もう1頭の刺客でした。
この昭和40年秋、加賀騎手はいろんな乗り方で打倒シンザンに向かい、目黒記念でシンザンを前に置いて差し戦法。かなわずとみて天皇賞では逃げと、ファイト溢れる戦い方をしました。その両方ともダメになり最後の有馬記念では荒れた馬場の中にシンザンを走らせようと、外から迫ろうとするのを4角で大きく外にミハルカスを出したのです。
外ラチギリギリ、シンザンはやむを得ずその内側にコースを取ると見たところ、なんとさらに大外に出て一気に差し切っていったのです。敗れてなおシンザンの凄さを思い知ったと加賀さんは語っておられました。