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【初来日から20年】「親日家ミルコ・デムーロ」の原点(2)『日本への敬意と愛…震災直後のドバイ優勝と両陛下への最敬礼』

  • 2019年02月24日(日) 18時02分
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▲初来日から20年を迎えたミルコ・デムーロ騎手


2015年に外国人として初めてJRAの通年免許を取得したミルコ・デムーロ騎手、初来日したのは20年前の1999年でした。スペシャルウィークのジャパンCを現地観戦し、その翌月には小倉で騎乗。それ以来、毎年欠かさず日本での騎乗を続けてきました。このインタビューは「ミルコ騎手と日本」の関係に改めて迫る企画です(全4回予定)。

第2回は、2つの名シーンを振り返ります。東日本大震災直後に優勝したドバイワールドカップ。ミルコ騎手が馬上で日の丸を掲げた姿は、日本中に元気を与えました。

そしてもう1つ、ダービー馬エイシンフラッシュに約2年半ぶりの勝利をもたらした天皇賞(秋)。天皇・皇后両陛下に最敬礼したシーンは、競馬ファンの胸を震わせました。ミルコ騎手の日本への敬意と愛が、最も表れたと言っても過言ではないあの名場面をもう一度…

(取材・文=不破由妃子)


「日本のために勝ちたい」と神様に祈りました


──ミルコ騎手のこの20年を振り返ったとき、忘れられない勝利が2つあります。ひとつは2011年、東日本大震災の直後に行われたドバイワールドカップ(ヴィクトワールピサ)での勝利です。トランセンド(藤田伸二騎手)とのワンツーで、レース後には馬上で日の丸の旗を掲げられて。ミルコ騎手の涙も、とても印象に残っています。

ミルコ もちろん僕にとっても忘れられない勝利です。あのときは確か、レースの1週間くらい前からドバイに行っていて、毎日「日本のために勝ちたい、日本のために勝ちたい」と神様に祈ってましたね。すごく苦しい時間でした。

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▲ヴィクトワールピサは日本馬で初めてドバイワールドカップを優勝 (撮影:島田明宏)


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▲馬上のミルコ騎手は大きく日の丸を掲げた (撮影:島田明宏)


──レースは最後方からの競馬となりましたが、スローペースと見るやいなや、外から躊躇なくポジションを上げて。まさに勝ちにいった競馬でしたね。

ミルコ はい。でも、あれだけ祈っていたのに、ゴールした瞬間は「えっ!? ホントにドバイワールドカップを勝ったの!?」みたいな(笑)。まるで夢のなかにいるようでしたね。

──2着の藤田さんも、まるでご自身が勝ったかのような笑顔で。おふたりのハイタッチを見て、胸が熱くなったのを覚えています。

ミルコ そう、ゴールしたあと、何度も何度も「ミルコ、おめでとう!」って言ってくれて。感動しましたね。うれしかった。藤田さんには、短期免許で乗りにきたときにいつも怒られていたんですけど、あのドバイのワンツーをきっかけにすごく仲良くなりました(笑)。

──そうだったんですね(笑)。もうひとつ、忘れられない勝利といえば、2012年の天皇賞(秋)です。ダービー以来、2年以上勝利から遠ざかっていたエイシンフラッシュを見事トップゴールに導き、ウイニングランのあとには、来場されていた天皇・皇后両陛下に最敬礼。その自然な立ち振る舞いに、ミルコ騎手の日本に対する敬意と愛を感じました。

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