▲オークス優勝時のアパパネと福田助手 (撮影:下野雄規)
競馬はギャンブルかスポーツか、それは競馬の永遠のテーマ。しかし、主役の競走馬が生き物であるという点で、ほかのギャンブルとは一線を画します。
「馬が走りたくない時ってあるの?」
「ゲート、なんで出遅れるの?」
この企画は、現役騎手や厩舎関係者がファンの疑問に答えながら、愛すべき競走馬たちの素顔を語る短期集中連載です。
最終回は「同じ馬でも、相手が変わると態度が違うのか?」を検証します。三冠牝馬のアパパネは、主戦の蛯名騎手と担当の福田助手それぞれにどんな態度だったのか? 見えてきたのは「三冠馬らしいこだわり」と「三冠馬らしからぬオフの顔」でした。
(取材・文=赤見千尋)
獣医さんはみんな噛まれた(苦笑)
――蛯名騎手のお話では、アパパネは優等生でまったく怒る場面がなかったと仰っていましたが、福田さんはいかがですか?
福田 毎日接していても、特に怒るところはなかったですね。基本的に人間が好きで、すごく懐こかったですから。ただ、ダメな人もいましたよ。獣医さんと装蹄師さんは好きじゃなかったみたいで。
特に獣医さんですね。痛いところを触られたりするからなのかもしれませんが、獣医さんはみんな噛まれたと思います(苦笑)。僕も注意して持っているんですけど、僕のところには絶対に来なくて、クビを回して獣医さんを噛みに行くんです。獣医さん側から見たら優等生ではないと思いますよ。
――アパパネの現役時代、福田さんとアパパネがじゃれ合っていると、人間のカップルみたいで微笑ましかったです。
福田 3歳の春頃までは、本当にものすごく懐こかったんですよ。放牧に出ないでずっとトレセンにいましたし、栗東滞在中は1対1のようになっていたので、余計そういう感じだったのかもしれません。
でもだんだん大人になって、3歳の秋くらいからかな、そこまで甘えてこなくなりました。僕に甘えるよりも、グーグー寝ていることが多くなりましたから(笑)。
――それは親離れなんですかね?
福田 どうなんでしょう。僕は淋しかったですけど(笑)。アパパネは放牧に出ないで長期間トレセンで調整を続けたのですが、ずっとトレセンにいるというのはいい面もあるけれど、気持ちのオンオフを作る上では難しい環境だと思うんです。
本来トレセンに来たら競馬が近いぞと感じて馬も戦闘モードに入って、牧場に行くとのんびりする、という形になるわけで、特に女の子はトレセンに来るとカイバを食べなくなる子もいますから。でもアパパネは本当に切り替えが上手でしたね。
――どういう風に気持ちを切り替えていたんでしょうか?
福田 とにかくよく寝る子でした。ご飯を食べたら大の字になって寝てましたから(笑)。競走馬は草食動物なので、人の気配や物音がすると起きて立ち上がる馬が多いんですけど、アパパネはマスコミの人が取材に来てもグーグー寝てましたし、(朝)調教しようと思ってもなかなか起きないこともあって(笑)。
それに、どんな場所でもすぐに慣れてリラックスしてました。僕はいろいろな馬で栗東滞在の経験をさせていただきましたが、特に女の子は初めての環境になるとカイバを食べなくなる子が多い。でもアパパネはすぐに慣れて、もりもり食べていましたね。
▲(C)トマス中田 バディプロダクション所属
アパパネが唯一ご飯を残したとき…
――よく寝て、よく食べる馬だったんですね。
福田 食べられるというのも大きな才能です。しかも、強い調教になればなるほど、燕麦など濃厚飼料の方を食べてくれたんですよ。燕麦というのは人間の食事に例えるならばお肉などですね。
普段は太り過ぎないよう、栄養もあって嗜好性もいい配合飼料を中心にあげていたんですけど、追い切りを重ねていくと「こんなんじゃダメ! もっと栄養あるものを」って感じで燕麦ばかり食べるんです。普通調教を重ねると内臓が疲れて行って、燕麦を食べたくなくなる馬も多いんですけど、どんどん肉食女子になっていきました(笑)。
――肉食女子(笑)。体が欲していたんでしょうね。
福田 そうなんだと思います。でも、そんなアパパネが唯一ご飯を残したのがオークス前でした。調教量が増えてさすがに疲れたのか、それとも長距離仕様に自分で調整していたのか、馬に聞いてみないとわからないですけど。
――蛯名騎手のお話の中で、オークスの時に長距離仕様に変化した姿を見て、人間の意図を汲み取れるすごい馬だなと感心したと仰っていました。
福田 そこは本当にすごいですよね。騎乗していても、自由自在に動いてくれるんです。「俺、上手いんじゃないか」って錯覚するくらい(笑)。毎日乗るのが楽しみでしょうがなかったです。
女の子は食べさせるのに苦労することが多いですけど、アパパネの場合は逆に絞ることが大変でした。調教量はかなり多くて、牡馬も含めてこれまでの国枝厩舎所属馬の中で、ここまで乗った馬はいないのではと思うほどです。たくさん調教してたくさん食べてくれました。とにかく体力がありましたね。
▲国枝厩舎の砂浴び場で寝ているアパパネ (提供:福田助手)
▲この通り…爆睡です! (提供:福田助手)
――福田さんにとってはどんな存在ですか?
ずっと一緒にいましたし、本当にいろいろな経験をさせてもらいました。ただ、いきなりアパパネを担当したのではなく、その前にたくさんの馬たちで栗東滞在したり、経験を積んだあとだったからこそ上手くいったと思います。アパパネと、これまで担当した馬たちに感謝しています。
――アーモンドアイの担当である根岸さんは、一時期アパパネを担当したこともあるそうですね。
僕がマイネルキッツの天皇賞に向けて、栗東に行った時です。桜花賞が終わってから2週間くらいですね。アパパネや他の馬たちの経験があって、今度はアーモンドアイですから。どう繋がっていくのか僕もすごく楽しみです。
▲現在はアーモンドアイを管理する国枝厩舎、アパパネの経験が脈々と受け継がれている
(了)
【イラスト作者プロフィール】
トマス中田
バディプロダクション所属
兵庫県姫路市出身/昭和生まれ