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令和のジョッキーに思うこと

  • 2019年05月09日(木) 12時00分
 5月8日付の「スポーツ報知」に、柴田善臣騎手が「JRA現役最年長」と紹介されていたのを見て、あらためて時の流れを感じた。彼は、千葉県白井市の競馬学校騎手課程の第1期生である。同期の石橋守、岩戸孝樹、須貝尚介、武藤善則(五十音順、敬称略)は調教師になっている。

 第2期生では熊沢重文騎手と横山典弘騎手、第3期生では蛯名正義騎手と武豊騎手が現役だ。

 昭和63(1988)年3月に騎手デビューした第4期生はみな引退してしまったので、昭和にデビューし、平成、そして令和と、元号を3つ跨いで騎乗しているJRA生え抜きのジョッキーは、柴田善臣、熊沢重文、横山典弘、蛯名正義、武豊の5騎手だけ、ということになる。

 令和で最初のGIとなったNHKマイルカップを制したのは、ミルコ・デムーロ騎手が手綱をとったアドマイヤマーズだった。

 レース後の共同会見で、友道康夫調教師への代表質問が終わったあと、ひとりの記者が、少し申し訳なさそうに「令和最初のGI」を勝った感想を訊いた。

 友道師も、お決まりの質問をせざるを得なかった記者側の事情を察するように苦笑し、これも少し照れたように「嬉しいです」と答えていた。

 つづいて、デムーロ騎手の会見が行われた。

 スタートしてからのポジションについて、直線での手応えや、他馬が来たら耳を絞ってもう一度伸びたこと、そして、能力が高くて頭のいい馬であることなどを話し、そろそろ終わりかというとき、彼は自分からこう切り出した。

「令和で最初のGIを勝って嬉しいです」

 これはウケた。当のデムーロ騎手も、それなりにウケることをわかっており、狙って言ったような表情だった。

 質問を振られる前に自分から新元号について言及するあたり、日本人以上に日本人っぽいところがある。

 今年に入ってからはやや勢いがなく、前週の天皇賞・春でも2番人気のエタリオウで4着に敗れるなど、特に大舞台ではいいレースができずにいた。

「調子が悪いとか、腰が痛くてよくないと言われていたけど、勝ってスッキリした」

 そう言って笑顔を見せた。

 そして、代表質問の最後に「ファンへのメッセージを」と言われ、その答えのひと言目が、またふるっていた。

「腰痛くないです」

 これもウケた。

 私も笑いながら感心していた。

 外国語でその国の報道陣をこれだけ笑わせるのはたいしたものだ。空気を読むことのできる頭のよさがあるからだろう。

 2012年、エイシンフラッシュで天皇賞・秋を勝ったあと、彼はスタンド前で下馬して跪き、上皇と上皇后に最敬礼した。これも彼の日本を愛する心と、日本人以上に日本人らしい一面が出たものとも言えるが、私見を言うと、もう一歩進んで、さらに日本人っぽくなったら、そうしなくなると思う。

 後検量前にコース上で下馬してはいけないといったルールに関すること以上に、下馬しての最敬礼があまりに称賛されると、2005年にヘヴンリーロマンスでJRA初の天覧競馬となった天皇賞・秋を制し、馬上でヘルメットを取って最敬礼した松永幹夫騎手(当時)に申し訳ない、と、日本人なら考えるはずだ。

 勝った騎手は、下馬せず、馬上で脱帽し、ヘルメットを胸に抱えて最敬礼するよう、主催者は騎手たちに伝えていた。それに従って松永調教師が馬上礼をした姿は、競馬史に残る美しいシーンとして語り継がれている。

 令和の時代に天覧競馬が行われ、もしデムーロ騎手が勝ったら、今度は彼も馬上礼で敬意を表すだろう。

 誤解のないよう付記するが、東日本大震災と原発事故からそう時間が経っていないときに相馬地方を訪ねたデムーロ騎手を、私は大好きだし、尊敬している。日本人でも放射能汚染の風評に影響され、足を運ぶのをためらう者がいるなか、彼は現地で相馬野馬追の騎馬武者姿となり、人々を元気づけた。

 と書いて思い出したのだが、今年の相馬野馬追は「令和最初の野馬追」ということになるのか。「平成最後の」とか「令和最初の」とかは、当てはまるものがあるならどんなことでも意識して、楽しむべきだと思う。

「多用しすぎだ」と言う人もいるが、多用できるのも今だけなのだから。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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