先週末の中央競馬で、禁止薬物のテオブロミンを含む飼料添加物「グリーンカル」を摂取した可能性があるとして、一挙に156頭が競走除外となった。
「グリーンカル」はJRAの関連会社も販売しており、開業当初から使っている調教師もいるように、何十年も前から流通している製品だ。パンフレットには「本製品は(公)競走馬理化学研究所の検査を実施しており、競馬法に指定される禁止薬物の陰性を確認しております」と記されている。
厩舎関係者は、JRAと競理研のお墨付きの安全な飼料だと当たり前のように認識していた。それをいつもどおり馬に与えただけなのに、予定していたレースを使えなくなったのだから、たまったものではない。
詳細は、野元賢一さんの【緊急深掘りコラム】をご覧いただくとして、ちょうど私も禁止薬物について調べていたときだったので、驚いた。
今、競馬ミステリーの第3弾を書いており、それが競走馬のドーピングをテーマにしたものなのだ。
作中ではアナボリックステロイドの一種が複数の馬から検出された、という設定にしている。
今回、「グリーンカル」から検出されたテオブロミンは、興奮作用、気管支拡張作用、利尿作用などがあり、お茶やココア、チョコレート、ハチミツなどにも含まれている。
興奮剤は総じて作用が早く現れ、体から抜けるのも早い。既報のように、テオブロミンは10日ほどで検出されなくなるという。
それに対して、昨年岩手競馬で立てつづけに検出されたボルデノンのようなアナボリックステロイドは、摂取してすぐ体つきや運動能力に変化が現れるものではない。摂取しながらトレーニングをつづけていくことで筋肉量と筋力を増強させていくもので、体から抜けるまでも、興奮剤より長い時間を要する。どのくらいの期間で検出されなくなるのか獣医師に質問したことがあるのだが、そうした数字は、検査で検出されないタイミングを狙って投与するなど悪用される恐れがあるため、明らかにされていないのだという。
ただ、10日やそこらで検出されなくなるものではない、ということは確かなようだ。
しかし、摂取してから検出されるまでの時間は比較的短いという。
なお、現在、日本では、アナボリックステロイドは馬の治療には使われていないとのこと。
JRAではずいぶん前から禁止薬物事案防止に力を入れてきた。例えば、2015年に競走馬診療所から各調教師に出された通達には、こうある。
<人用の医薬品は禁止薬物および規制薬物が含まれているものが多いため、関係者自身が使用するものであっても厩舎内に放置しないよう指導すること。また、清涼飲料水・ドリンク剤・お茶・コーヒー等の飲用や喫煙は所定の場所で行い、管理馬が誤って摂取することのないよう注意すること>
そして、同年、馬事担当理事から飼料販売各社に宛てられた通達には、「ロット管理の徹底」として、こう書かれている。
<本会施設内で販売する飼料添加物等は、必ずロットごとに(公財)競走馬理化学研究所で薬物検査を受検してください。なお、ロットとは「同一の原材料を用い一定の期間内に一連の製造工程により均質性を有するように製造された商品」を意味します。(略)同一ロット表示であっても、輸入時期が異なる外国製品は、必ず薬物検査を再受検してください>
これだけ気をつけていても、起きてしまった。
ブラッドスポーツとして、優れた個体の能力を後世に伝えていく競馬の根幹を、ドーピングはぶち壊してしまう。
せめてもの救いは、「グリーンカル」が納入されていた厩舎の今週出走予定馬365頭の検査結果がすべて陰性だったことだ。
個人的に興味があるのは、競理研がどのようなコメントを出すか、あるいは、出さないか、だ。「グリーンカル」の製造元が今回のロットの検査を競理研に依頼したのは今年4月で、結果が通知されたのが6月14日だった。時間がかかりすぎのように感じるのだが、通常のスケジュールどおりなのだろうか。
実は、ミステリーを書くうえで薬物検査に関する予備知識を得るため、担当編集者が競理研に取材申請をしたのだが、けんもほろろに断られたらしい。ドーピングがいかに危険で無益なことかを広く知らしめるのは業務の範囲ではない、ということか。それだけ独立性が高い組織なのだろう。
JRAでは現在、原因究明を徹底して行っているということなので、結果を待ちたい。