昨年11月16日に行われた乗馬体験会にて(撮影:佐々木祥恵)
馬との関わり方は“乗るだけ”ではない
旧筑波小学校の校庭での乗馬体験会は、美浦トレーニングセンターの高松知之副場長の馬についての紙芝居から始まった。高松副場長は軽妙な語り口で話を進めるが、まだ子供たちの表情は硬く、笑顔もまばらだった。既に校庭には大きな馬がスタンバイしているし、初めての体験を前に緊張しているのかもしれなかった。
美浦トレセンの高松知之副場長による紙芝居(撮影:佐々木祥恵)
その後はヒポトピアの小泉弓子さんが、プレストシンボリを調馬索で回し、常歩、速歩、駈歩など実際に馬はどのような動きをするのかを披露した。
「馬は大きいですし、蹴るとか、噛むとかちょっと怖いというイメージを最初に持っている方が多いんですね。多分動物園などに行っても『後ろに行ったら蹴られます』とか『手を出すと噛まれます』といった注意書きを目にしたり、そのような説明しか受けていなかったりすると思うんです。そのマイナスのイメージから入るよりも、馬は人の言葉をちゃんと聞いてくれるというのをしっかり見せて、馬と人は意思疎通がきちんとできるということをわかってもらえれば、人も安心すると思うんです。
特に今回の体験会はポニーではなく大きな馬でしたし、人の恐怖心をとりのぞくということと、動きも含めて馬全体を見てもらう意味合いで、最初にそのレッスン、アプローチレッスンと呼ばれているのですけど、それをすることにしました」(小泉さん)
目の前で動く大きな馬に子供たちも釘付けだ(撮影:佐々木祥恵)
アプローチレッスンを終えると、子供たちは3つの班に分かれた。騎乗するエリア、実際に馬を引いたり触れ合ったりするエリア、馬具など馬に関わる道具などの解説を受けるエリアの3つすべてを班ごとに回って、子供たちが体験するという仕組みになっていた。乗馬体験会と銘打ってはいたが、乗る以外の体験をしてもらうのも狙いがあった。
「1年ほど前にも、馬の様々な面を見てもらおうというイベントを経験していたこともあり、ウェルフェア専門委員会からこのお話を頂いた時に、乗るだけが馬との関わり方、楽しみ方ではないということを知って理解していただければということで、3つのエリアに分けました」(小泉さん)
馬といえば競走馬か、乗馬クラブの乗用馬。あとは動物園か観光施設にいるというイメージで、一般的には馬は決して身近な存在ではない。その中で馬にどれだけ親しみを感じてもらえるか。それが乗馬体験会の肝所といっても過言ではない。
「競走を終えたサラブレッドの第二の余生の可能性を広げたいというのがありますね。例えば怪我をしてしまってもう人を乗せられなくなった時に、馬の役割を乗馬にだけ限定してしまうとその馬は生きる場所がなくなってしまいます。でも馬の魅力は乗るだけではありません。馬を眺めるのが好きな人もいますし、お手入れをするのがすごく好きな人もいます。馬とはいろいろな関わり方があるということを、乗馬体験会を通して知ってもらえれば…。
身近な存在とはいえない馬に、どれだけ親しみを持ってもらえるか(撮影:佐々木祥恵)
それに子供たちは、乗るよりも人参をあげたり、草をむしってそれを食べさせたりと、意外と乗るよりもそれが楽しかったり好きだったりするんですよ。親御さんたちの方がむしろ馬には乗るもの、だから子供たちに乗せたいと思っている傾向が強く感じます。なので乗るだけではない馬との関わり方、楽しみ方を乗馬体験会を通じて、大人の方に見て頂きたかったというのもあります」(小泉さん)
馬具など馬に関わる道具などの解説エリアでは、ウェルフェア専門委員会で活動している大竹正博調教師と美浦トレーニングセンターの高松知之副場長が中心となって、ハミや頭絡、ムチなど手に身振り手振りを交えて子供たちを前に熱心に説明。子供たちも時折質問も交えながら、興味津々の表情で耳を傾けていた。
頭絡について説明する大竹正博調教師(撮影:佐々木祥恵)
馬を引いたり触れ合ったりするエリアでは、牝馬のホイホイフェリチタが子供たちのお相手をした。決められた経路をホイホイフェリチタとともに歩き、時には触れて馬のぬくもりを存分に味わっていたようだ。ホイホイフェリチタは、競走馬としてのトレーニングは受けていない。それも影響しているのか、とても穏やかな馬だ。子供たちに威圧感を与えないサラブレッドにしては小柄なサイズというのも、引き馬にはもってこいのように映った。
牝馬のホイホイフェリチタとともに歩く女の子たち(撮影:佐々木祥恵)
騎乗のエリアではプレストシンボリが、子供1人につき2周回った。最初は緊張気味だった子供たちも、馬に乗り、触れ合ううちに笑顔がこぼれ出るようになった。
「段々盛り上がってきて、本当はいけないんですけど、騎乗馬の列に2回並んでいる子供もいましたしね(笑)」と鈴木伸尋調教師も、会の途中で手応えを得ていた。
それは小泉さんも同じだった。
「今回参加した中で1番小さなお子さんは4歳くらいだったと思うのですけど、乗りたくないと言った子は1人もいませんでした。皆がすごく積極的になってくれたのはとても良かったですね。以前に引き馬での騎乗経験がある子も『前に乗ったお馬さんとちょっと違う』と感想を伝えてくれました」(小泉さん)
プレストシンボリは500キロを超える大型馬なので、その背中の感触や目線の高さはその子にとって格別なものがあったことだろう。
楽しそうな子供たちの笑顔で周囲も笑顔に(撮影:佐々木祥恵)
「あとは乗って楽しいというよりも、馬を気遣うような言葉をかけてくれたんですよね。可愛いねとか優しい目をしているねと、馬に関することを私たちに声をかけてくれる子供たちがたくさんいました。これはただ乗るだけではなく、様々な体験をしたことで馬と仲良しになれたのだと思いますし、とても良かったと思います」(小泉さん)
3つの班がすべてのエリアを体験し終わった後も、肌に触れたり、人参や草を与えたりして子供たちは馬の周りからしばらく離れなかった。それくらい馬は子供たちにインパクトを与えたのかもしれない。こうして乗馬体験会は盛況のもと幕を閉じた。
どんな馬にも、人を笑顔にする力がある
「最初は子供たちも緊張をしていたのか消極的でしたけど、会が進むにつれてとても積極的になっていました。会を終えてしばらくして親御さんたちとお話する機会があったのですが、続けて開催できればいいですねという話も出ていましたので、良かったと思います。
乗馬体験会でのプレストシンボリの写真をインスタグラムにアップしたら『年齢のわりにツヤツヤですね』とかすごく反響がありました。そういう面でも引退馬の今を知ってもらえて良かったと思いますね」(鈴木調教師)
小泉さんは最後に乗馬体験会の感想を話してくれた。
「今回はつくば市だったので、美浦トレセンからは少し離れてはいましたけど、馬の街と言われる美浦がわりと近いのに馬に乗ったことのない子供たちが多いということに驚きました。それだけに宝の山と言いますか、本当に小さなうちから馬と関わりを持ってくれて、将来本当に馬を好きになる子供たちが増えてくれたら、馬は特別な動物ではなくて身近な存在へと変えていけるのではないかなと感じました。
馬は体も大きいですし、管理に少し技術を要するのでなかなか自分の愛馬を持つというイメージが持てないと思うのですが、もっと身近な動物になれば、自らで馬を持とうという方が増えてくるでしょうし、じゃあそのような人同士、一緒にやる? という方向にもなると思うんです。そうなれば引退馬にしても、行き先が増えるのではないかという気はしますよね」(小泉さん)
小泉さん「馬を身近な存在へと変えていけるのでは」(撮影:佐々木祥恵)
美浦トレーニングセンターが近くにある地域でも、馬は身近な存在ではない。だがそれだけにまだまだ開拓の余地があるということでもある。
今後の活動や課題について、鈴木調教師は最後にこうまとめた。
「今後もウェルフェア専門委員会として積極的に活動していきます。重要課題の1つに人材確保の問題の解決に向けて、小学校や中学校、高校生と様々なレベルの場所でイベントも開催したいと考えています。またJRA引退競走馬の検討委員会もいずれ正式な組織なりますので、引退した馬たちが余生をきちんと送れるようにその組織にも関わっていきますし、トレセンで働いていて怪我のために働けなくなった人々が仕事や生きがいを得られるように手助けするということも行っていきます」(鈴木調教師)
両者の話を総合すると、今後の課題は今回行った乗馬体験会のようなイベントをこの先にどう繋げていくかだと思う。せっかく馬に興味を持っても、子供たちが続けて馬に乗ったり触れ合ったりする機会がなければ、それは点で終わってしまう。乗馬クラブはお金がかかり敷居が高いイメージがあるが、JRAや日本調教師会が補助金を出すなどして、なるべく安い料金で子供たちが馬に乗れたり触れ合えたりする場を提供できれば、点を線につなげていくことができるのではないだろうか。
そして長い目で見ると、それがいずれ馬業界の人材確保や引退馬支援へともつながっていくことになると思う。レースで疾走するサラブレッドは見る者を魅了するが、今回の乗馬体験会でもわかるように、引退馬や競走馬になれなかった馬たちには人を笑顔にする力がある。馬の魅力を伝えるために、そして引退競走馬の生きる道が増えるためにも、今回の乗馬体験会のようなイベントが頻繁に開催されることを願うものだ。
ウェルフェア専門委員会の活動は始まったばかりだが、人と馬の福祉、それに関連するイベント開催など、これからもその動きに大いに注目したい。
このようなイベントをこの先にどうつなげていくか注目したい(撮影:佐々木祥恵)
(了)