ごきげん(?)なコスモラヴモア(提供:トイトイファーム)
広がりをみせるクラウドファンディング
ヤギ小屋やポニーの馬房などは全て手作りで、広場ではヤギやポニーたちが自由に遊ぶというのが、トイトイファームの日常の光景だった。そんなトイトイファームに元競走馬のコスモラヴモアがやって来たわけだが、牧場はサラブレッドが暮らすための環境が整っていたというわけではない。
競走馬として生産され、多くが天寿を全うできないというサラブレッドたちにトイトイファームでより良い馬生を送らせてあげたい。何より競馬という競争の社会で生きてきたサラブレッドたちがもうレースで走らなくても良いことを理解し、人とのふれあいの中でのんびりと過ごさせてやりたい。その環境を整えるためには、専門の業者に頼まなければならない部分も出てきた。
そこで森田さんが取った行動は、クラウドファンディングだった。目標金額は1,200,000円で、クラウドファンディングの期間は2019年11月11日から12月26日のおよそ1か月半だったが、森田さんの馬を思う気持ちが多くの人に伝わったのだろうか。12月12日、期間終了を待たずに目標額を無事達成したことにより、第2目標を2,000,000円に設定して引き続き支援を募った。最終的には1,599,000円と第2目標の金額には達しなかったものの、競馬を引退した馬たちのための環境整備は大きく前進した。
クラウドファンディングで集まった資金で、電気が来た。元の水道管から80m延長して水道を引いた。馬たちをはなすパドックも2か所造られた。ボイラーと灯油タンクの準備もできた。あとは洗い場を残すのみとなった。馬をはじめ動物にも人にも便利で快適な環境が整いつつある。
クラウドファンディングで資金調達する動きがここ数年盛んになっていると感じるし、引退馬関連のクラウドもよく目にするようになった。当コラムでも映画「今日もどこかで馬は生まれる」と養老牧場のヴェルサイユリゾートファームのクラウドファンディングを紹介してきた。トイトイファームに関してはクラウドファンディング終了後の記事となってしまったが、いずれの方々からもしっかりした目的と情熱が取材をしていて伝わってきたし、それが多くの人々を引き付けたのだと感じる。また引退した馬を自分では引き取るまではできないが、馬たちのために少しでも何かをしたいという競馬ファンや乗馬愛好家などの琴線にも触れたのではないだろうか。
パドックで対面するコスモラヴモアとシルバーゲイル(提供:トイトイファーム)
以前はタブーだった引退した競走馬たちのその後も、ここ最近は表立って語られるようにもなってきた。ジャパン・スタッドブック・インターナショナルで行っている引退名馬繋養展示事業(繋養展示活動に対して助成する)とは別に、JRAでも2017年12月に「引退競走馬に関する検討委員会」を設置。2020年度の「引退競走馬の養老・余生等を支援する事業」について、3月9日にJRAのホームぺージでも公開されている。その事業の目的は日本での引退競走馬を取り巻く環境の改善・向上を図ることとなっており、引退競走馬の養老・余生に関する取り組みを行っている(セカンドキャリア促進活動も含む)団体等に、その活動を支援する活動奨励金を交付するというのが支援の内容だ。(詳細:
http://www.jra.go.jp/news/202003/030904.html)
JRAも動き出したとなれば、今後引退競走馬たちの居場所がこれまで以上に必要になってくるのは必至だ。だが問題は、競走馬を乗馬にリトレーニングできたり馬を適切に扱える人材の不足や、受け皿となる乗馬施設や牧場がまだ十分ではないということだ。そして競馬という産業が続く限り、毎年何千頭単位で馬たちはこの世に誕生する。引退した馬ばかりではない、競走馬になれなかった馬、売れ残った馬の問題もある。子出しが悪ければ、処分される繁殖牝馬もいる。種牡馬になっても需要がなければその命に保障はない。そう考えると、引退した馬たちをいくらリトレーニングしても、有志が引き取って面倒を見ても、すべての馬の命を繋ぐことは不可能だし、永遠に解決することはない課題のように思えてくる。それでも馬たちの命の灯を消してはいけないと、森田さんのように立ち上がる人がいるのも事実だ。
森田さんは言う。
「有名な馬ではなくて、むしろ競馬に向かなかった馬、若くして引退せざるを得なかった馬を引き取りたいと思っているんです」
トイトイファームにいるコスモラヴモアもシルバーゲイルも、重賞を勝ったりGIの舞台で活躍をした主役級の馬たちではなく、いわばその他大勢的な存在だった。それでも日々人間のために命を削って走っているのには変わりはない。トイトイファームのように小さな牧場で飼養できる馬の頭数は限られているが、森田さんのような志を持った人が日本各地に現れてくれたら、馬たちの生きられる場所が増え、天寿を全うできる馬たちも確実に増えていくはずだ。
だが懸念されるのは、JRAの「引退競走馬に関する検討委員会」から支払われる奨励金目当ての団体が現れることだ。引退馬は儲かると勘違いして、安易に養老余生の施設や部門を立ち上げられると、馬が不幸になるだけだ。仕事柄、馬のいる施設を見て回る機会が多いのだが、飼養管理や繋養施設に疑問を感じるケースにも時々出くわす。例を挙げればフレグモーネが慢性化して脚がパンパンに腫れた状態のままの馬や、人手不足から馬が運動不足になり疝痛が多発している施設も見受けられる。それだけに奨励金を出す場合には、より厳しく審査し、指導してくれるよう切に願いたい。そして馬産業の人材不足解消、人材育成の解決策も講じてもらえればと思う。「幸せ」という言葉を容易に使いたくないが、あえて言うならそれが馬たちの幸せに繋がるのではないかと考えるからだ。
馬が参加するお祭りが盛んな地域でもあるため馬を飼養している人たちと交流したり、JRA時代にコスモラヴモアを管理していた鈴木伸尋調教師に指示を仰ぐなど、馬の扱いについても勉強をしながら、動物たちの命と日々向き合っている。
パドックでのんびり過ごすシルバーゲイル(提供:トイトイファーム)
「トイトイファームのある田辺市みなべ町には、500年以上前から続いているお祭りがあって、流鏑馬や境内を疾走する馬駆けなど、馬とも深く関わりがあるんです。将来はこうした馬に関わる行事にも参加できればと考えています」
引退競走馬とともに、森田さんの活動の幅はさらに広がりつつある。森田さんは電話口で嬉しそうに言った。
「まさにラヴモアという名前の通りですね」
(了)
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