コミュニティと上田優子さん(提供:馬と歴史と未来の会)
健気に一生懸命生きる全ての馬が活躍できるように…
「食べて美味しい引退馬支援」これが上田優子さんが代表をつとめる一般社団法人馬と歴史と未来の会の新たな目標だ。既に馬糞堆肥を使用して作ったりんごのジュースやゼリーを商品化しているが、りんごのように季節に左右されず、通年で販売することができる商品ということで目をつけたのが、馬糞堆肥で作ったマッシュルームだった。マッシュルームは1年中収穫できるため、これを使ったスープの商品化に動き始めた。
馬糞堆肥使用のマッシュルームは、地元岩手の八幡平市にあるジオファーム八幡平産のものだ。馬糞には、それを排出する馬が必要で、ジオファームにいる馬たちの中には引退馬もいる。また地元の商品を使うというのも、会のこだわりの1つだ。つまり、りんごやりんごを使った商品と同様、スープの製作課程から既に引退馬支援は始まっているのだ。
「スープが開発できて商品化されれば、その売り上げからも乗馬等へのリトレーニングの支援金に回せますし、FUMIER PROJECTの農産物を生産(馬糞堆肥を使用しての農産物生産)してくださる農家さんを増やしていく活動費にも充てたいと考えています」
農家に馬糞堆肥を使用して農作物を生産してもらうにも、すぐにというわけにはいかない。
「馬糞堆肥を購入してそれを農家さんに配布して、お試しで使用してもらうという見えない経費がかかってきます」
それで良い結果が出れば、馬糞堆肥を使用してみようということになるわけで、それにはコツコツ農家を回って開拓をしていくしかない。
「馬糞堆肥を使用して自宅で収穫できるスイカの実験生産もしてみました。一緒に作ったメロンはうまくいかなかったのですが、スイカはうまくいきました。あとじゃがいも畑に使えたら、かなりの需要になるなと考えています。こうして実験したり、地道に農家さんにお願いして回らないと馬糞堆肥の栽培はなかなか広まっていきません」
スイカの実験生産を行った、またくるファームの小森さん(提供:馬と歴史と未来の会)
今年スイカは1鉢に1つだったが、来年は1鉢に2つが改善目標だという。そして今年始めたりんごの木のオーナー制度のように、来年はスイカもオーナー制度を目指している。
「馬と歴史と未来の会のFUMIER PROJECTは、馬糞堆肥栽培を広めるためのブランドです。今後馬糞堆肥が広がれば、脚が悪くて乗馬などのお仕事ができない馬や、高齢馬にも馬糞を排出するという役割を与えてあげられると思うんですよね」
馬糞堆肥の良さを伝える。より多くの農家が馬糞堆肥を使用して農作物を作る。また家庭菜園をしている方にも使ってもらう。馬が当たり前に出す馬糞が利益をもたらすとなれば、上田さんが言うように、脚元の悪い馬、高齢の馬以外にも乗馬やセラピーホースに向かない馬たちにも、命が繋がっていく希望ができることになる。
馬糞堆肥を使用し、立派に育ったスイカ(提供:馬と歴史と未来の会)
上田さん1人で始めた活動が今は法人化されて、今では上田さん以外のスタッフも仕事をこなしている。
「私がアクセルしかないタイプで、スタッフがブレーキ役になってくれています(笑)」
上田さんが暴走しそうになると、スタッフの方々が冷静な意見や提案をして、うまくバランスを取っている。また法人化したことで、個人で動くよりもより大きな組織や企業と話ができるようになったのも収穫だった。これは引退馬支援活動をするにおいても、この先の展望が大きく開けるきっかけにもなるように思う。
前出のマッシュルームスープだが、9月中旬前後からスープ開発費150万円を募る購入型クラウドファンディングを始めることになった。
「『いしわり』という地元企業応援の会社で行います。これは復興庁の支援対象のクラウドファンディングにもなっていて、復興庁からの許可も出ています」
クラウドファンディングを行うことで、馬に興味を持ったり、引退馬の現実を初めて知る人も出てくるだろう。引退した馬たちの生きる道筋を作るために、馬と歴史と未来の会は、馬の世界以外にも活動の幅を着実に広げている。
上田さんをそこまで突き動かすものは何かを問うてみた。
「私は一口馬主をしているのですが、出資した馬たちの生涯を垣間見ていると、人の人生と重ねてみたりして自然と感情移入をします。引退した馬は居場所がなくなる馬が多いですよね。人間ももし自分の居場所がなかったら辛いはずです。では一生懸命生きている馬たちはどうなんだろうと、もっと救われても良いのではないかと思うんです。全ての馬は難しくても、自分の手の届く範囲で、縁の繋がった子たちは何とか救えないだろうかと…。リアルに触れ続けている競走馬の世界、一口馬主の世界を知ったことが、私を動かし続けているのではないかと思います」
馬の一生は、出会った人によって左右される。良い環境で元気に過ごせる馬もいれば、引退しても酷使される馬もいる。あるいは途中でその生涯を終える馬もいる。その中で馬たちは、いつも文句1つ言わず本当に健気に一生懸命毎日を生きている。その姿こそが、上田さんを、そして全国で引退馬支援を行っている人々を突き動かしているのかもしれない。上田さんの言葉を聞いて、そう感じた。
そして上田さんは最後にこう締めくくった。
「これから先、ナグラーダに続く現役復帰する引退馬のサポートはもちろんのこと、引退馬支援活動をする学生さんたちなど若い世代に実践の場を提供するなど、引退馬支援活動をもっと広げていくための環境づくりにも力を入れていきたいです」
馬たちが第二、第三の馬生を、イキイキと過ごせるように。上田さん率いる馬と歴史と未来の会は、動き続けている。
(了)
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