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意識が高まりつつある「引退後」にも寄り添える育成牧場へ 井ノ岡トレーニングセンター(3)

  • 2021年04月06日(火) 18時00分

井ノ岡トレセンから次のステージへ旅立った仲間たち


第二のストーリー

茨城県立真壁高等学校馬術部で活躍するキュアン(提供:真壁高等学校馬術部)



 前回も少し触れたが、井ノ岡トレーニングセンターには、引退した競走馬がスムーズに乗馬の道へと進めるよう、リトレーニング期間中の預託料を支払う馬主もいる。馬を飼養するには、経済的な負担が大きく、それが引退した競走馬の足枷となる場合が多い。さらに怪我をしていれば治療費もかかるため、その馬が生き残るためのハードルはさらに高くなる。その点、リトレーニングをして乗馬として独り立ちできるまでの間、競走馬時代の馬主が預託料を納めてくれれば、第二の馬生へと繋がる可能性はずいぶん広がっていくだろう。

 上記のように自分が所有していた馬の引退後までを考え、井ノ岡トレーニングセンターに乗馬になるまで預託されたのがキュアンとマイネルアウラートだ。キュアンは父ワークフォース、母オメガセニョリーナ(母父アグネスタキオン)という血統で、2016年3月13日に北海道千歳市の社台ファームで生まれている。JRAと笠松で走り、成績は通算13戦1勝2着2回。オーナーにとって、JRA初勝利をプレゼントしてくれた思い入れのある1頭だったが、鼻出血が原因で引退を余儀なくされ、井ノ岡トレセンでリトレーニングを受けた。現役時代から500キロを超す大型馬だったが、セン馬ということもありとても穏やかな気性の持ち主で、コロナ禍で行き先を探すのが難しい中、茨城県立真壁高等学校馬術部に縁が繋がった。現在は高校生を背に第二の馬生を歩み出した。

 もう1頭のマイネルアウラートは、父ステイゴールド、母はトウカイテイオー産駒のマイネシャンゼリゼ。2011年3月6日に北海道新冠町のビッグレッドファーム生まれの10歳だ。JRA時代はサラブレッドクラブ・ラフィアンの所有馬として オープンまで出世し、パラダイスS、リゲルS、ニューイヤーSとオープン特別を3勝、重賞にも出走していた。JRAの登録が抹消されると、オーナーも替わって地方競馬に移籍。しかし以前のような輝きを取り戻すことはできず、JRA、地方通算53戦8勝2着3回という成績で引退。やはりオーナーの意向で井ノ岡トレセンで乗馬として調教をされて、沖縄県の沖縄ホースパーク&シーに移動していった。自然溢れる環境の中で、第二の馬生を乗馬として過ごしている。

第二のストーリー

沖縄で乗馬となったマイネルアウラート(提供:沖縄ホースパーク&シー)


 競技馬として活躍している馬もいる。黒鹿毛のイブキだ。父ルーラーシップ、母ピサノドヌーヴ(母父アグネスタキオン)という血統で、2014年3月14日に北海道新冠町の岩見牧場で生まれた。こちらはJRA時代にM.デムーロ騎手が騎乗して新馬戦に優勝、3歳500万下(現1勝クラス)の水仙賞で2勝目を挙げている。新潟2歳S(GIII・3着)や、青葉賞(GII・8着)など重賞にも4回出走経験がある素質馬だったが、屈腱炎のため長期の戦線離脱となり、地方競馬へと移籍した。移籍先の笠松では5戦して1勝を挙げているが、屈腱炎再発で引退。井ノ岡トレセンで、治療、リトレーニングが行われ、茨城県のツクバハーベストガーデンへと移動していった。

 以前、クロフネ産駒は乗馬に向いていて、乗馬界では人気が高いと聞いたことがある。このようにサラブレッドには、乗馬に向く血統が存在するようだ。イブキはルーラーシップ産駒なのだが、この父の血を引く馬たちは前駆の可動域が大きくて前脚がグーンと伸びるタイプが多く、馬場馬術競技に向いているという。井ノ岡トレセンの江川聡子さんも、イブキの動きを見てその可動域の広さを実際に感じている。持って生まれた可動域の広さを見込まれ、先方に望まれてイブキは乗馬となった。馬場馬術競技馬としてのイブキの活躍が楽しみだ。

第二のストーリー

イブキは、馬場馬術の競技会に出場しているという(提供:ツクバハーベストガーデン)


 リトレーニングのほか、聡子さんはSNSも力を入れている。主にフェイスブックとインスタグラムだ。インスタグラムには、可愛らしい育成馬たちの様子がたくさんアップされており、目にするたびに心が和むような写真ばかりだ。インスタを見て牧場スタッフとして働きたいという応募者もいて、効果を実感している。ただその一方で、馬という生き物を扱う牧場の仕事は、危険もともなうし、体力もいる。インスタのイメージが先行して応募してきたものの、実際仕事を始めてみると相当きつかったということも考えられる。そのあたりあまりギャップが出ないよう配慮しながら、SNSを続けているとのことだ。

 最後に聡子さんに今後の目標を尋ねてみた。

「育成が本業なので、トレセンで重宝されるように馬を仕上げていくことに力を注いでいきたいと思っていますが、その一方で最近馬主さんの意識が変わってきているのも感じます。自分が所有していた馬の引退後も考えたいという人が、これからは増えてくるようにも思いますので、その需要にもこたえていきたいですね。

 1つの施設をいくつかの育成牧場が共同で使用しているところもありますが、私どもの牧場は単体でやっていますので、競走馬から乗馬へのリトレーニングもしやすいですし、乗馬経験があるスタッフが多いので、その技術があれば育成にもリトレーニングにも対応できます。その強みを生かして、これからも頑張っていきたいです」

 元競走馬のリトレーニングができる競走馬の育成牧場として、井ノ岡トレーニングセンターのこれからに期待したい。

(了)



▽ 井ノ岡トレーニングセンターインスタグラム https://www.instagram.com/inookatrainingcenter/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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