ひとりで過ごすのが好きだったというブロードアピール(提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)
おだやかながら芯の強さも持つブロちゃん
ブロードアピールは、以前いた牧場では主にブーちゃん、Yogiboヴェルサイユリゾートファームでは、ブロちゃんと呼ばれていた。
「自分の世界をすごく持っていると感じます」
在りし日のブロードアピールについて、Yogiboヴェルサイユリゾートファームのプロモーションマネージャーの石川大樹さんは、こう振り返った。前回、放牧地では他の馬から1頭離れて群れないとお伝えしたが、
「自分から他の馬に近づくのはほぼないに等しいです。それでも一定の距離間を保ちながらですけど、年齢の近いスカーレットレディのそばには割といましたね。他の若い馬とかが、ブロちゃん、遊ぼうみたいな感じで行くと、ゆっくりその場から離れていきます(笑)。多分自分のテリトリーが他の馬より広いのでしょうね」
ちなみにスカーレットレディは、1995年5月10日生まれの26歳。自身の競走成績は1勝にとどまったが、JCダート、フェブラリーSなどを制覇したヴァーミリアンはじめ、サカラート、キングスエンブレム、ソリタリーキングとダート重賞勝ち馬を4頭送り出し、母として名声を高めた。ブロードアピールにとって、1歳年下のスカーレットレディが心許せる存在だったのかもしれない。
ファームにはブロードアピールと同じ松田国英厩舎の管理馬で、ダート路線での活躍時期も重なっている2歳年下のゴールドティアラ(牝25・南部杯ほか交流重賞含め重賞5勝)もいるのだが、こちらは走るのが大好きで、放牧地に放たれた瞬間駈けていく姿がSNSでも紹介されている。だがブロードアピールが放牧地を疾走する姿は見たことがないと石川さん。
仲良く並ぶスカーレットレディ(左)とゴールドティアラ(右) (提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)
「他の馬がワーッと走ったりすると、つられてだいたい走るじゃないですか。そうなってもブロちゃんは全くつられないですし、何やってるのみたいな感じで離れた位置から冷ややかな目で見ています(笑)。それでテンションの上がった他の馬たちが自分の方に来そうになったら、冷静によけていましたね。
放牧地での様子を観察していると、ブロちゃんは高齢である分、エネルギーの使い方を知っていますし、無駄なエネルギーの消費をしないので、頭がとても良いと感じました」
馬だけではなく人に対しても、自分の世界をしっかり持っていたようだ。
「人懐っこさがないと言ったら可哀そうですけど…(笑)。人間に媚びるのは見たことがないですし、懐っこくはなかったです」
レースで繰り出した豪脚からは想像がつかないほど、大人しく穏やかに日々を過ごしてはいたが、そのような芯の強さがあったからこその優秀な競走成績だったのだろうと想像する。
だがおよそ1年前に石川さんが勤務しだして、ブロードアピールに接するうちに変化も生まれてきた。
「放牧から戻ってきて馬房の中でお手入れをするのですけど、他の馬なら嬉しかったり気持ちが良かったりしたら、もっと表面に出すと思うんです。でもブロちゃんの場合は、ブラッシングしたり顔や脚を拭いたりしても、基本はツーンとして立っているという感じでした。それから時間はかかりましたけど、ブラッシングをしたりかゆそうな箇所の手入れをしていると、チラチラと僕の方を見てくれるようになったんです。その反応が嬉しそうに感じました」
ファームには、ダービー馬タニノギムレットやジャパンC優勝のローズキングダム、天皇賞馬のヒルノダムールら錚々たる馬たちが名を連ねているが、ブロードアピールに会いたくて牧場を訪れるファンも多くいた。
「ブロちゃんがいることを知らずに訪ねてきたファンの方にあそこにブロードアピールがいますよと伝えると、ええっ? とよく驚かれました。そしてまだ生きていたんですねとおっしゃる方が結構いました」
ブロードアピールの体調に異変があったのは、亡くなる前日、9月7日の昼頃だった。呼吸が通常より早いのに気づき、獣医を呼んだ。一時は持ち直したが、翌日朝方に再び悪化し、起き上がれない状態に陥ってそのまま息を引き取った。
今年の北海道の夏は暑かった。ブロードアピールをはじめファームの高齢馬たちも、暑い時期は朝の涼しい時間帯の放牧だけであとは馬房で過ごさせるなど、馬たちの体調管理にも気を配っていた。その厳しい夏が終わり、ようやく過ごしやすい季節になった矢先のことだった。
過ごしやすい季節になった矢先に…(提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)
高齢馬を扱う引退馬の牧場は、日頃から馬の死は覚悟をしておかなければいけない。急な体調の変化など、何があるかわからないのが高齢馬だ。
「だから余計に会員さんやファンの人たちにはブロちゃんに会ってほしかったのですけどね。コロナ禍で見学ができない時期もあったのが、とても残念です」
現在ブロードアピールのお墓の建設が進んでおり、間もなく完成予定だという。
競走馬時代は目の覚めるような鬼脚でファンを魅了し、母としてはダービー馬を世に送り出した娘を産んだ。余生はマイペースで自分らしい毎日を過ごし、初秋の早朝に天に召された。馬の幸不幸は人間の物差しでしかないが、どんな時も彼女らしく、そして与えられた27年の馬生を生き切った。そう思えてならない。
(了)
▽ Yogiboヴェルサイユリゾートファーム
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