全米が注目した快速馬同士の戦いはライフイズグッドに軍配
次なる期待は超新星フライトラインとの対決
1月19日のこのコラムで展望をお届けした、G1ペガサスワールドC(d9F)が、29日にガルフストリームパークで行われ、期待にたがわぬ鮮烈なパフォーマンスが展開された。勝ち馬のとんでもない弾け方に、見ていて椅子から転げ落ちそうになったのは筆者ばかりではなかったと思うが、弾け方の伏線や方向性は、事前の想定とはいささか異なるものだった。
改めてその背景からご説明させていただくと、今年のペガサスワールドCがおおいに話題になっていたのは、新旧スピードスターによる最初で最後の直接対決が、そこで実現したからだ。ここがラストランとなったのが、ブラッド・コックス厩舎のニックスゴー(牡6、父ペインター)だった。
17年のキーンランド9月1歳セール・ブック4にて、韓国馬事会に8万7千ドル(当時のレートで約978万円)というお手頃価格で購買された同馬。ベン・コールブルック厩舎から2歳7月にデビューすると、4戦目となったキーンランドのG1ブリーダーズフューチュリティ(d8.5F)を制し、世代の最前線に躍り出た。3歳時は8戦して未勝利に終わったものの、ブラッド・コックス厩舎に転厩して迎えた4歳シーズンの秋に大復活。
G1BCダートマイル(d8F)をトラックレコードで制し2度目のG1制覇を果すと、5歳初戦となったG1ペガサスワールドCも快勝。サウジC、G1メトロポリタンHはいずれも4着に敗れたが、7月にG3コーンハスカーH(d9F)を10.1/4馬身差で制すると、以降は、G1ホイットニーS(d9F)、G3ルーカスクラシック(d9F)、G1BCクラシック(d10F)を破竹の勢いで連勝。
1月25日に発表された2021年の世界ランキングで、レーティング129を獲得して首位に君臨。2月10日に発表されるエクリプス賞でも、全米年度代表馬の受賞が確実視されている。ニックスゴーは、今年春からケンタッキーのテイラーメイドで種牡馬入りすることが決まっており、初年度の種付け料は3万ドルと発表されている。
一方、ニックスゴーより2世代若いのがトッド・プレッチャー厩舎のライフイズグッド(牡4、父イントゥミスチフ)だ。ゲイリーとメアリーのウェスト夫妻による生産馬で、19年のキーンランド9月1歳セール・ブック1にて、チャイナホースクラブとメイヴェリックレーシング(ウインスターファームの別会社)のパートナーシップに52万5千ドル(当時のレートで約5694万円)で購買されている。
ボブ・バファート厩舎から2歳11月にデビュー。8馬身差で制したG2サンフェリペS(d8.5F)まで無敗の3連勝を飾った段階で、ケンタッキーダービーの最有力候補に躍り出たが、次走へ向けての調教中に、左後肢球節に剥離骨折を発症。春の3歳3冠を全休する悲運に見舞われた。
バファート厩舎からプレッチャー厩舎に転厩して迎えた復帰戦のG1アレンジャーケンスS(d7F)で、ジャッキーズウォリアーの首差2着に敗れて連勝がストップ。だが、続くG2ケルソH(d8F)を5.1/2馬身差で制すると、G1BCダートマイル(d8F)も5.3/4馬身差で快勝。今後の北米ダート戦線を牽引する存在になると、大きな期待を寄せられているのがライフイズグッドだった。
今年のペガサスワールドCは9頭立てとなったが、ファンの注目は2頭に集中。最終的な単勝オッズはライフイズグッドが1.8倍、ニックスゴーが1.9倍。3番人気となったサーウィンストンのオッズが20.5倍だったから、どれだけ2頭の人気が抜けていたかがおわかりいただけよう。勝負の行方もさることながら、ファンが固唾を飲んで見守ったのが、「2頭のうち、どちらが先手をとるか」だった。ここまでニックスゴーは10勝、ライフイズグッドは5勝をあげていたが、そのことごとくが逃げ切りだったのだ。
ニックスゴーの鞍上ジョー・ロザリオ、ライフイズグッドの鞍上アイラッド・オルティスがともに譲らず、超ハイペースになるのか。譲るとすれば、どちらが譲るのか。溜めずに逃げた時にこそ、この馬の本領が発揮されると、常々コメントしていたのがニックスゴーの陣営で、そのニックスゴーが1番枠を引いたこともあり、「行くのはニックスゴー」というのが大方の見るところだった。
実際に、一完歩めの出が速かったのはニックスゴーだったが、鞍上オルティスの手が軽く動くと、これによく反応し、先頭で1コーナーに飛び込んだのはライフイズグッドだった。同馬は2コーナーにかかるとさらに加速。向こう正面に入る頃には、2番手以下に4馬身ほどの差をつける大逃げとなった。一方、3番手で1コーナーに入ったニックスゴーは、向こう正面に入ると2番手に上がってライフイズグッドを追いかけることになった。この位置関係は、それぞれの陣営にとって「プランB」であったことが、レース後の関係者のコメントから明らかになっている。
「逃げるであろうニックスゴーを、離されないように追いかけ、2番手で競馬をする、というのがレース前のプランでした」と語ったのは、ライフイズグッドのオルティス騎手だ。「ところが、見廻したら周囲に馬がいなかったのです。これほど簡単にハナに立てるとは、思っていませんでした。調教師は、私の判断に委ねると言ってくれていましたので、逃げることにしました」。
一方、この光景を目の当たりにして「非常にショックを受けました」と語ったのが、ニックスゴーのブラッド・コックス調教師だ。「ニックスゴーを楽に引き離していくライフイズグッドを見て、私は唖然としていました。ジョー(・ロザリオ)によると、ニックスゴーは2番手を気持ちよく走っていたとのことで、前を追いかけていく姿勢も見せていたとのことです。でもそれは、プランBでした。私たちのプランAは、逃げることでした」。
最初の2Fが23秒12、半マイル通過が46秒35、6F通過が1分10秒15というラップは、ライフイズグッドのナチュラルなスピードが、存分に発揮されていたことを示している。例えば、彼が昨年9月にG2ケルソH(d8F)を逃げ切った時のラップが、23秒53、46秒58、1分10秒24。3月にG2サンフェリペS(d8.5F)を逃げ切った時が、23秒63、46秒83、1分10秒55。1月にG3シャムS(d8F)を逃げ切った時が、23秒56、46秒67、1分10秒66と、極めてよく似たラップをライフイズグッドは並べていたのである。
向こう正面に入ると、馬場外目に進路をとったライフイズグッドとオルティスは、ニックスゴーに5馬身ほどの差をつけて3コーナーへ。このあたりからニックスゴーの鞍上ロザリオの手が忙しく動くも、差はなかなか詰まらず、直線残り1Fでオルティスの右ムチが一発入ったライフイズグッドが、最後はニックスゴーに3.1/4馬身差をつけて逃げ切り勝ちを果たした。
エクリプス賞調教師部門を7度にわたって受賞し、既に殿堂入りも果たしているのが、ライフイズグッドのトッド・プレッチャーだが、レース後にはその師をして「この馬より強い馬がいるとは、考え難い」とコメント。
騎乗したオルティスも「現実のこととは思えない。私が騎乗した最強馬だ」と賛辞を送った。こうなると、気になるのはライフイズグッドの次走で、有力候補として、3月26日にメイダンで行われるG1ドバイワールドC(d2000m)が挙がっている。だがプレッチャー師は「急いで決めることではない。馬の調子を見ながら、1〜2週間かけて今後の予定を吟味したい」と語っている。
ファンが待望するのが、ジョン・サドラーが管理する同じ4歳世代のフライトライン(牡4、父タピット)と、ライフイズグッドの対決だ。12月26日にサンタアニタで行われたG1マリブS(d7F)を制し、デビューから無敗の3連勝を飾るとともに、G1初制覇を果たしたのがフライトラインだ。
昨年4月のデビュー戦(d6F)が2着馬に13.1/4馬身差、9月の条件戦(d6F)が12.3/4馬身差、そしてマリブSが11.1/2馬身差と、ぶっちぎりの連続でここまで来ている超新星で、マリブSではレーティング124を獲得。同じ評価をG1BCダートマイルで得たライフイズグッド、G1オウサムアゲインSで得たメディナスピリットと横並びで、2022年世界ランキング3歳ダート部門で首位に立っている。
そのフライトラインの次走について、同馬のサドラー調教師は、3月5日にサンタアニタで行われるG2サンカルロスS(d7F)になるとコメント。その上で、シーズン前半戦の目標を、6月11日にベルモントパークで行われるG1メトロポリタンS(d8F)に置いていると明言した。
G1メトロポリタンSであれば、ライフイズグッドが目標としても全く不思議ではないレースだ。ここで、ライフイズグッドvsフライトラインが実現すれば、今季の世界の競馬におけるハイライトの1つとなるはずだ。両馬の今後の動向に、日本の競馬ファンの皆様もぜひご注目いただきたい。