▲調教師人生のラストウィークを迎えた藤沢調教師を直撃 (撮影:筑波遼)
2022年2月末をもって惜しまれつつも定年を迎える、名伯楽・藤沢和雄調教師の「引退特集」。今回は、藤沢調教師ご本人が登場します。
常に「馬第一」の姿勢であり続け、馬との会話を続けた藤沢調教師。多くのホースマンがその存在に憧れ、その背中を追いかけてきました。
藤沢調教師自身が振り返る、調教師人生とは。そして、これからの競馬界を担うホースマンへのメッセージとは――。
(取材・構成=筑波遼)
次があるなら…「今とは違う成績を挙げられると思います」
――いよいよ調教師人生のラストウィーク。今の率直なお気持ちを教えてください。
藤沢 実感? あるにはあるけどね。馬たちには関係のない話。あまり考えず、今までどおりに最後まで責任を持って馬のことを見ていきますよ。
ここ10年、ここ5年は本当に早かった気がする。おかげさまで慌ただしく過ごさせてもらった。期待の大きな有力馬を管理させてもらったしね。正直な話、感傷に浸る時間もなかった。いい緊張感がある中で毎日の仕事をさせていただいていますよ。
――先生は、日本のホースマンの地位を世界レベルに押し上げたと言っても過言ではありません。「藤沢先生のようなホースマンになりたい」という声も多数耳にしました。ご自身ではどんなホースマンでありたいと思い、どんなホースマンであり続けたと思われますか?
藤沢 私自身、なりたくて調教師になった。まあ、完璧ではなかったけどね。失敗したことは多いし、いろんなアクシデントもあったし…。
悔しかったことや残念に思うことも本当に多い。もっと違う方法があったんじゃないか…、こうすべきだったかもしれないとか…。そんな思いはあるよ。
次、また調教師の仕事をやるようなことがあれば今とは違う成績を挙げられると思います。
「よし、これで初めてダービーに行けるんだ」
――藤沢先生が送り出した名馬は多数。その中で先生の心が動かされたレース、また驚いたレースを教えてください。
藤沢 あの馬、この馬というより、それぞれに思い出があるよね。最初の頃に勝ったレースなどは記憶が曖昧なところもあるけど、はっきりと覚えているのがロンドンボーイの青葉賞(2着)。
ダービーの優先出走権を取れたし、「よし、これで初めて(ダービーに)行けるんだ」と喜んでいた。散々な結果(22着)になったけど、あの瞬間の気持ちは今でも思い出せる。
青葉賞と言えばシンボリクリスエスで勝ったときのことも忘れられない。レース後、ユタカくん(武豊騎手)に聞いたら「秋になったら良くなりますよ」と言われてね。
その言葉が現実になったし、それほどダービーを勝つのは大変なことなんだと思いましたよ。そんなこともあったからこそ、レイデオロで勝ったときは本当に嬉しかった。
▲「レイデオロで勝ったときは本当に嬉しかった」と藤沢調教師 (撮影:下野雄規)
勿論、海外で勝たせてもらったレースも素晴らしかったよね。特にアメリカ産のタイキシャトルでヨーロッパ(フランス)のG1(ジャックルマロワ賞)を勝たせてもらったのは貴重な経験。
タイキブリザード、カジノドライヴでアメリカのブリーダーズCやベルモントSに行けたし、スピルバーグをイギリスのロイヤルアスコット開催(プリンスオブウェールズS)に連れて行けたのも大きな出来事でした。
金銭的な部分も含め、いろいろとバックアップしていただいた馬主さんには感謝しています。
▲日本のホースマンとしていち早く海外に挑戦 (写真は2009年ドバイ遠征時、撮影:高橋正和)
「マサヨシはいい調教師になると思いますよ」
――常に「馬第一」であり続けた藤沢先生。そんな先生にとって競走馬とはどんな生き物か? 長年、携わってきての答えを教えてください。
藤沢 毎日、声をかけるのは大事なこと。しぐさや表情で返してくれるし、そういうところから馬の気持ちを汲み取ってあげれば信頼関係が築かれる。一日一日の積み重ねが大事。それはワンちゃんやネコちゃんなんかと同じだと思いますよ。
――これまで携わった馬たちへ、最後に言葉をかけるとしたら?
藤沢 それはもう、感謝しかないでしょう。勝たせてあげられなかったり、大成させることができなかった馬たちもいるし、ふと思い出すことがある。たくさんの馬たちに勉強をさせてもらいました。
――これからの日本競馬を担うホースマンたちへ、また藤沢先生のもとで研修された蛯名正義調教師へのメッセージをお願いします。
藤沢 時代が変わってきたし、いろいろと大変な状況ではあるけどね。若い調教師さんたちも自分なりの方法で頑張っているし、みんなで競馬を盛り上げていってもらいたいと思います。
私自身も長い間、お世話になった。恩返しをしなければいけないし、手助けになるようなことがあればやらせてもらいたいと思っています。
マサヨシ(蛯名正義調教師)には騎手時代の経験がある。アメリカ遠征や凱旋門賞など海外での経験も豊富。それは無駄にならない。
(調教師は)大変なこともあるけど、楽しい仕事だとは思う。1頭1頭、馬が違うから勉強することは多いけどね。ここ数年、近くで見てきたことが少しでも参考になれば…。いい調教師になると思いますよ。
▲蛯名騎手の最後の騎乗は、藤沢厩舎の管理馬だった (撮影:下野雄規)
――最後に藤沢先生を、藤沢厩舎を応援してきてくれたファンの方へのメッセージをお願いします。
藤沢 競馬を取り巻く環境が変わってきたし、最近のファンは楽しみ方にも幅が広がってきたよね。いつも皆さんには過剰に期待してもらいました(笑)。
人気になった馬で負けたりして迷惑をかけたことも多かったけどね。こちらとしては気が抜けず、張り合いにもなりましたよ。すごく応援してもらったし、ここまで頑張ってくることができた原動力のひとつになっていたと思います。
最後まで応援してください。馬たちにもビシッと頑張るように言い聞かせておきます。
▲皆さんの応援が原動力のひとつに…「最後まで応援してください」 (撮影:筑波遼)
(文中敬称略)