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【藤沢和雄調教師へ…】杉原誠人騎手「藤沢先生はいつまでも自分の師匠! “藤沢厩舎所属”は誇りです」

  • 2022年02月24日(木) 18時03分
Fujisawa

藤沢厩舎所属の杉原誠人騎手(C)netkeiba.com


2022年2月末をもって惜しまれつつも定年を迎える、名伯楽・藤沢和雄調教師の「引退特集」。藤沢調教師に縁の深い競馬関係者たちが登場。藤沢調教師との様々なエピソードを明かしていただきます。

前回の北村宏司騎手に続いて、今回も愛弟子のひとり、杉原誠人騎手にインタビュー。2011年のデビューから現在まで藤沢厩舎に所属する杉原騎手が、師匠から学んだこととは。そして、いま改めて師匠に伝えたい思いとは。

(取材・文=東京スポーツ・藤井真俊)

デビュー前、厩舎研修を始めて…これは無理だ、と(笑)


──2011年に藤沢和雄厩舎からデビューした杉原騎手。藤沢先生と初めて出会ったのはいつのことでしょうか?

杉原 確か競馬学校2年生の頃だったと思います。秋から1年間トレセンで研修をするのですが、その前の顔合わせの時に競馬学校で初めてお会いして挨拶をさせてもらいました。

──もともと藤沢先生とは何かご縁があったのですか?

杉原 いえいえ、全くないです。その少し前の夏ごろに、競馬学校の蓑田(早人)教官に「キミは藤沢厩舎に所属するから」って言われて…。

──そうなんですね。でもいきなり藤沢厩舎なんて言われてビックリしたんじゃないですか。

杉原 もちろんです。実は噂で“誰かが藤沢厩舎に入るらしい”という話は聞いていたんです。でもまさか自分とは思わなかったですね。

──藤沢厩舎のことは知っていたんですか?

杉原 名前は知っていましたが、実は関東の成績上位の厩舎くらいの認識くらいしかなくて…。いざ所属すると決まってから改めて色々と調べさせてもらったところ、「これは大変な厩舎にお世話になることになったな」と気付いたんです(苦笑)。

──実際に厩舎で研修を始めてみての感想は?

杉原 「これは無理だ」と思いました(笑)。指示通りに日々の調教をこなすことができないんですよ。競馬学校の馬と藤沢厩舎の馬とでは力強さも背中も全然違って、当時の自分の技術やパワーでは簡単に馬に持っていかれてしまうんです。

──藤沢先生からはどんな言葉をかけられましたか?

杉原 とにかく見て覚えなさい…と。そんな自分に対して先生が怒ったりすることはなかったです。ただ自分としては先生と一緒に調教を見ることすら怖かったですね。厩舎に迷惑をかけているように思って、すごくプレッシャーを感じていました。トレセンでの研修期間は1年間あるのですが、最後までそんな感じでしたね。本当にこのままジョッキーになっていいのだろうかと、学校を留年することさえ考えたくらいです。

──しかし競馬学校に戻って半年後には騎手としてデビューをしました。

杉原 学校に戻ってからはひたすらトレーニングして体を鍛えました。その甲斐あってか、いざ藤沢厩舎に帰ってきてからは、以前のように調教で苦労することはなくなりましたね。今になって振り返ると、非常に有意義な1年間だったなと感じています。

──藤沢厩舎の所属騎手となって丸11年。たくさんのレースに騎乗してきましたが、思い出に残る勝利はありますか?

杉原 スターオブペルシャで勝った2018年の谷川岳Sですね。3歳時にも乗せてもらっていたのですが2着続きで勝てなくて悔しい思いをしていたんです。そういう中で2年ぶりにコンビを組む機会を与えて頂いて、結果を出せたことが本当にうれしかったです。

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スターオブペルシャと杉原騎手※写真は2018年信越S(ユーザー提供:EnjoyTimesさん)


藤沢先生だからこそできる“臨機応変”


──藤沢先生から教わったことで、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

杉原 数えきれないくらいあるんですけど…、パッと思い浮かんだのは自分が馬をムチで叩いて怒った時のことですかね。キミノナハセンターという馬に乗っていて、物見をした場面があったのでムチで叩いて修正したんです。

──トレセンではよく見る光景のような気もしますが…。

杉原 はい。ですが、その様子を藤沢先生が見ていて「もうアイツ(杉原)は馬に乗せなくていい」となったんです。

──どういうことなのでしょうか?

杉原 「馬が物見をしたくらいで人間が怒るな」ということです。馬が物見をするというのは、何かに驚いてビクッとしたわけですよね。別に馬は悪いことをしようとしているわけではありません。それを人間が怒ってムチで叩けば、馬は再びビクッとするわけです。つまり悪いことをしていない馬に対して、2回も拒否反応を起こさせることになるんです。

──なるほど…確かに。

杉原 おっしゃる通りトレセンではよく見かける光景ですし、自分も何気なくとった行動ではあるんですけど、すごく勉強になりました。

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トレセンにて、グランアレグリアに跨がる杉原騎手(撮影:佐々木祥恵)


──他にそういうエピソードはありますか?

杉原 一昨年の安田記念のグランアレグリアの最終追い切りの時はめちゃめちゃ怒られましたね。

──一昨年の安田記念といえば池添騎手とのコンビで勝った時ですよね。

杉原 結果はそうなんですけど、追い切りの内容としては良くなかったんです。

──どういうことでしょう?

杉原 グランアレグリアは結構引っ掛かる馬なので、自分が構えすぎてしまったんですよね。馬とケンカをしないように外を回って距離を稼いで、いい併せ馬の形を作ろうとしたら、先行した馬のペースも速くて結果的に全体時計が速くなってしまったんです。

──私もその時のことはよく覚えていますが、外から見ている分には馬なりで気分よく走っているように見えました。それでいて速い時計も出て、よっぽど調子がいいのだろうと思った記憶があります。

杉原 はい。そのように見えたかもしれませんが、外を回って速い時計が出ているということは、馬にとっては負担が大きいということなんですよね。藤沢先生には「走りきっちゃってるじゃないか!」と言われました。藤沢厩舎の調教というのは、遅い時計で負担をかけないようにしながらヤル気を出させるやり方です。そういう中で自分は藤沢厩舎のジョッキーとして良くない追い切りをしてしまったんです。後にも先にも、あれだけ直接的に先生から叱られたのは初めてでしたね。

──藤沢先生の馬や調教に対する強いこだわりが伝わってきますね。杉原騎手から見て、先生のすごいと思える部分はどういうところですか?

杉原 調教のパターンというか、引き出しがすごく多いですよね。最近で言ったらグランアレグリアの大阪杯の前の調教。先ほども言ったように調教で掛かる面がある馬で、そういう馬が初めて2000mのレースに挑戦するという状況でした。普通であれば“掛からないように、掛からないように…”とアプローチしそうなものですが、全く逆のことをしたんです。あえて前半はグランアレグリアを先頭で走らせて、途中から2〜3番手の馬に抜いていかせて、そのままの隊列でフィニッシュ。グランアレグリアに対してあえて掛かりそうなシチュエーションを作りながら、抜き返さないように我慢させたんですよね。こういうやり方があるのかと感心しましたし、乗り手の技術も求められるレベルの高い調教だったと思います。

──使用する調教コースもバリエーションに富んでいますよね。追い切り当日、我々が事前に聞いていたのと違う場所で追うこともよくありました。

杉原 臨機応変ですからね。その日の天気や馬場状態によってコースを変えるのはもちろん、馬のフィジカルやメンタルによっても変わります。あとは輸送も工夫しますよね。東京開催などでは早めに競馬場入りすることが多いのですが、若い馬にとっては本当にいい経験だと思います。

──臨機応変と言葉で言うのは簡単ですけど、それって馬のことをよく理解していないとできませんよね。

杉原 いやぁ本当に先生はよく見ていますから。いわゆる馬体や歩様だけでなく、目や耳、息づかいなど、細かい部分まで全部見てますよ。それから扱う人間のこともよく見ています。自分なんて先生にはすべて見透かされている感じで…。言い訳することさえできません(笑)。

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藤沢調教師は馬はもちろん、扱う人間のこともよく見ているという(C)netkeiba.com


──レースでの乗り方などについて藤沢先生から言われたことはありますか?

杉原 馬の特性に応じてではありますけど、「外を回すな」とは常々言われてきました。レースで外を回れば確実にロスがある。しかし内を回れば仮に前が開かずに脚を余したとしてもダメージが少ない。そうすればすぐにまたレースを使うことができる…という考え方ですね。先ほど挙げたスターオブペルシャの谷川岳Sなどはまさにそんな競馬でした。

一流なのは馬を育てることだけじゃない!


──話を聞いて藤沢先生の馬に対する思いや考えがたっぷり伝わってきました。ちなみにプライべートではどんな先生なんですか?

杉原 趣味はたくさんあると思うんですけど、その中で個人的によくお世話になっているのは釣りと野菜ですかね。釣った魚を頂いたり、育てた野菜を頂いたりするんですが、どちらも抜群に美味しいんです。一流なのは馬を育てることだけじゃないんですよ(笑)。

──そんな藤沢先生が残念ながら引退されます。弟子のひとりとして、今後はどのようなホースマン人生を歩んでいきたいと考えていますか。

杉原 藤沢厩舎に所属していたことは自分の誇りですし、これからも先生の名を傷つけるような振る舞いは絶対にできないと思っています。先生の背中を見て、先生から学んだことは、自分にとってはかけがえのない財産だと思っているので、将来はこれを生かして、厩舎を開いてみたい気持ちも芽生えてきています。

──それでは最後に藤沢先生に贈るメッセージがあれば聞かせてください。

杉原 調教師を引退したとしても藤沢先生はいつまでも自分の師匠だと思っています。まだまだ教えて欲しいことはたくさんあるので、先生のもとを訪ねた時はぜひよろしくお願いします。いつまでも変わらず元気でいてください。あとは釣った魚や育てた野菜も楽しみにしているので、またもらいにいきますね(笑)。

(文中敬称略)

【掲載スケジュール】
2/21(月)18時 「藤沢和雄物語」(前編)


2/22(火)12時 「藤沢和雄物語」(後編)


2/22(火)18時 藤沢和雄調教師ご本人インタビュー


2/23(水)18時 弟子・北村宏司騎手インタビュー


2/24(木)18時 弟子・杉原誠人騎手インタビュー


2/25(金)18時 鹿戸雄一調教師インタビュー


2/27(日)18時 オリビエ・ペリエ騎手インタビュー

1951年9月22日、北海道生まれ。JRA美浦所属の調教師。1988年の厩舎開業以降、数々の活躍馬をターフへ送り出し、1995年から2009年までの間、11度のJRA賞最多勝利調教師を獲得した名伯楽。2022年2月末で惜しまれつつも定年を迎える。

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