▲新たな歴史の扉が開かれたラヴズオンリーユーのBC制覇(c)netkeiba.com
歴史的勝利が、新たな歴史の扉を開いた。2月10日(日本時間11日午後)発表された2021年度のエクリプス賞。北米競馬の年次表彰である同賞で、昨年11月6日のブリーダーズカップ(BC)フィリー&メアターフ(F&MT)を勝ったラヴズオンリーユー(牝6=現繁殖牝馬)が、日本調教馬として初めて、「芝牝馬」部門の受賞馬となったのである。
日本馬が北米競馬に挑んだのは1958-59年のハクチカラで、国内競馬界初の海外遠征だった。同馬は米国に長期滞在し17戦を消化。「ワシントン・バースデーハンディ」で、ラウンドテーブルなどを抑え、歴史的な1勝をあげた。日本馬のBC初挑戦は、96年のタイキブリザード(クラシック=ウッドバイン)。四半世紀を経て、BCディスタフ優勝のマルシュロレーヌとともに、記念碑的な勝利をあげたラヴズオンリーユーが、初の栄誉に浴した。
創設から半世紀 選定は2段階投票
北米競馬には強い拘束力を持つ統括団体がない。国自体にあっても、50州が国に近い権限を持っていることを反映している。年次表彰も、北米で最も影響力のある専門紙、「デイリーレーシングフォーム」などが独自で行っていた。
71年になってこうした表彰が統一されてエクリプス賞として出発。半世紀あまりが過ぎた。日本の年度代表馬も、かつては国内最古の専門紙発行者「啓衆社」が選定していたが、72年に雑誌「優駿」の主管に替わり、87年に日本中央競馬会がJRAという略称の使用を始めたのを機に、「JRA賞」に改称され、現在の形になった経緯がある。
次に、同賞の競走馬部門について整理しておく。11部門に分かれており、2歳、3歳の牡牝各部門に加え、注目度は低いが障害があるのはJRA賞とほぼ同じ。4歳以上のダートと芝、短距離の3カテゴリーで、それぞれ牡牝の代表馬を選出する。
選定は投票で行われ、全米サラブレッド競馬協会役員、全米競馬記者協会、デイリーレーシングフォームの代表に投票資格がある。今回は投票資格者 245人中、 235人が投票に参加した。選定は2段階で行われ、1次選考は各投票者が1-3位の順位をつけた上で、3頭連記で投票。集計は1位馬に10、2位に5、3位に1のポイントを与え、ポイント数上位3頭を「ファイナリスト」に選定。今回の場合は投票締め切りが1月10日で、15日に名簿が発表された。最終選考では各投票者が改めて、各部門から1頭のみを選定する。ファイナリスト以外が得票する場合もある。
表彰式出席だけでも名誉
日本馬がファイナリスト入りを果たしたのは、今回のラヴズオンリーユー(芝牝馬)、マルシュロレーヌ(4歳以上ダート牝馬)が05年のシーザリオ(芝牝馬部門)以来、16年ぶり。その結果、関係者がカリフォルニア州サンタアニタ競馬場で2月10日に招待される運びとなった。2月6日の東京新聞杯(GIII)当日、東京に臨場していた矢作芳人調教師(栗東)に短時間、話を聴く機会があった。
8日から北海道の各地で行われる種牡馬展示会で、昨秋引退したコントレイルが供用される社台スタリオンステーションの展示会に出席した後、東京にとんぼ返りしてから現地入りするという忙しい日程だった。投票結果が先に発表されるJRA賞とは異なり、表彰式に招待されていても、受賞の可否はわからない。矢作調教師は「何かもらえたら良いのですが」と話していた。
実は日本人で唯一、同賞を受賞した人がいる。19年度に最優秀見習騎手に選定された木村和士騎手(22)で、カナダ・ウッドバインを拠点に活躍している。JRAの競馬学校騎手課程に在籍した履歴もある人で、20年にはG1初勝利。21年はカナダで勝利数、賞金ともに首位だった。騎手の場合、対象は米国やカナダに拠点を置く人に限られるが、競走馬の場合は米国で1戦でもすれば、資格が生じる。特に芝の各部門の場合、もともと地元勢が手薄で欧州勢の受賞は珍しくなかった。
ラヴズオンリーユー 順当な選出
個人的には、「芝牝馬」部門は可能性があると思っていた。前記の通り、芝の両部門は地元勢が手薄で、例年、欧州からも有力馬が集まるBCF&MTやBCマイルの一発勝負で決まる例が少なくなかった。この部門はエクリプス賞創設9年目の79年に新設された。
過去の受賞馬を見ると、初期のジャパンCに遠征したエイプリルラン(82年)やオールアロング(83年)、後に大種牡馬キングマンボを産んだミエスク(87、88年)がいる。今世紀に入ってからも、ジャパンCで外国馬として最後に馬券に絡んだウィジャボード(04、06年)、BCマイル3連覇という偉業を達成したゴルディコヴァ(09、10年)、ソウルスターリングの母スタセリタ(11年)など、錚々たる名前が並ぶ。挙げた6頭中、英国調教のウィジャボード以外は全てフランス馬。域外の馬にも十分、チャンスがある。
加えて、ラヴズオンリーユーは香港でクイーンエリザベスII世C、香港Cという牡牝混合の両G1を制覇。また、ドバイ・シーマクラシックでミシュリフ、クロノジェネシスと接戦を演じた末に3着と惜敗するなど、年間を通じてコンスタントに活躍していた。
▲ドバイシーマクラシックでもミシュリフやクロノジェネシスと接戦を演じたラヴズオンリーユー(写真一番奥)(c)netkeiba.com
香港でのG1・2勝がどの程度の評価を受けるか、判断がつかなかったが、年明けに発表されたワールドサラブレッドランキングでも、4歳以上の牝馬で、米国の芝競走に出走履歴のある馬を絞り込むと、 118のラヴズオンリーユーが浮上してくる。
実際の投票結果は、同馬が136票に対し、2位のウォーライクゴッデス(牝5)が70票でほぼダブルスコア。3位のサンタバーバラが10票で続いた。ウォーライクゴッデスは3歳の9月という遅いデビューで、21年はG1のフラワーボウルS(サラトガ、2200m)を含めて重賞4連勝の実績があったが、G1・3勝のラヴズオンリーユーに比べれば見劣り、順当な選出と言える。
マルシュロレーヌも11票を獲得
「4歳以上牝馬ダート」部門は、芝とは対照的に地元勢の専有物に近い。年間を通じて重要なレースが数多く組まれ、BCディスタフは集大成という位置づけである。連戦連勝で来れば、BCディスタフで敗れても、それまでの内容次第で受賞は十分にあり得る。今回もそういう結果となった。
▲BCディスタフを制覇したマルシュロレーヌ(c)netkeiba.com
受賞したレトルースカ(牝6)は、21年に8戦6勝でうちG1が4勝。4月のアップルブロッサムH(オークローン=アーカンソー州、G1)では、6ポンドの斤量差があったとは言え、強豪モノモイガールを鼻差で破る殊勲の星もあげており、年間獲得賞金も1945540ドル。ディスタフは落としたが、通年の活躍を重視する日本的な感覚で見ても、順当な受賞だった。
昨年11月の当コラムでも触れたが、マルシュロレーヌは多分に「事故」のような面があった。有力馬に逃げ・先行タイプが多く、共倒れを予想する向きも戦前から少なくなかった。
追走に苦労するほどの流れから離されなかったことが、殊勲の1勝に道を開いたが、最終投票で11票(レトルースカは221票)を得ただけでも十分に評価できる。今でこそ、13のG1を施行するBCも、当初は7つしかなく、ディスタフはいわばオリジナルメンバーと言える。その1勝でファイナリストに入ること自体、レースの重みを示している。
受賞には届かなかったが、ラヴズオンリーユーとセットの形で、日本馬2頭の優勝が、NTRA「モーメントオブザイヤー」(今年の瞬間)に選定された。これはNTRAの公式サイトとツイッター上のハッシュタグ経由で一般のファンが選定する。過去のBCでは全く存在感の薄かった日本馬が、わずか2時間余りの間に2つのタイトルを持ち去ったのだから、米国のファンにも強い印象を残したことは想像に難くない。1頭だけの勝利なら、「突然変異的に強い馬が現れた」と片付けられかねないが、芝、ダート双方で勝ち馬が出たことで、日本全体の質の高さを示した。
▲ダートでも勝ち馬を出したことは大きい(c)netkeiba.com
年度代表馬は順当にニックスゴー
他部門を見ると、年度代表馬にはBCクラシックを逃げ切ったニックスゴー(牡6)が選定された。「4歳以上ダート牡馬」部門で232票、年度代表馬では 228票という圧倒的得票だった。年度代表馬では同馬以外に、レトルースカ、ラヴズオンリーユーが各2票、他に3頭が1票ずつを得た。
わずか2人とは言え、日本馬を年度代表馬に挙げる人がいたことも特筆すべきだろう。ニックスゴーは韓国馬事会(KRA)が、自主開発した配合評価システム、「Kニックス」の実証実験としてセリ市場で8万7000ドルで購買。2歳時にBCジュベナイルで2着に入り期待を集めたが、その後は不振に陥った。
だが、4歳時にブラッド・コックス厩舎に移籍したことを契機に復調。20年はBCダートマイルをコースレコードで逃げ切り、21年はペガサスワールドC、ホイットニーS、BCクラシックとG1を3勝。連覇を狙っていた今年1月のペガサスワールドCは、ライフイズグッド(牡4)との逃げ争いで押され2着。このレースを最後に引退し、種牡馬に転向する。
▲BCクラシックを制覇したニックスゴー(c)netkeiba.com
一方、「牡馬芝」部門は、英国の3歳せん馬ユビアーが選出された。同馬は自国ではG3、G2を各1勝しただけの実績でBCターフに参戦。勝って選定された。芝部門では牡牝とも北米域外の馬に常にチャンスがあることの表れで、日本からの移動が楽な西海岸の開催なら、狙うだけの価値がある。
▲BCターフを制覇したユビアー(c)netkeiba.com
審査する側の主観が介在する文化・芸術関連の表彰と異なり、わかりやすい形で結果が出るスポーツの表彰は、国・地域と関係なく、選ぶ側も域外の馬を推す準備ができていることが、今回の受賞から見えて来る。