武豊騎手×武幸四郎調教師の兄弟コンビで今週末の桜花賞に臨むウォーターナビレラ。昨秋のファンタジーS制覇時には「兄弟コンビで重賞初制覇」とも話題になりました。
そんなウォーターナビレラにはアナザーストーリーがあります。それは、オーナー、生産牧場、そして武兄弟にもつながる話。ファインモーションが暮らす牧場で生まれ、生後間もない頃から牧場主を虜にし、40年以上のお付き合いのあるオーナーの元で競走馬生活をスタートさせたウォーターナビレラの「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
毎日眺めては「いい馬だよなぁ」
GI・2勝を挙げたファインモーションが余生をゆったりと過ごしている北海道浦河町の伏木田牧場。
▲武豊騎手とのコンビで2002年秋華賞とエリザベス女王杯を制したファインモーション。現在は功労馬として伏木田牧場でゆっくり過ごしています。(見学不可)
ウォーターナビレラはこの牧場で2019年5月27日、生を受けました。
母シャイニングサヤカは同牧場生産で、重賞・ビューチフル・ドリーマーカップ(水沢ダート1900m)を勝ち、繁殖入りすると産駒はみな新馬勝ちするなど、仔出しのいいお母さんでした。
そこに、初めて芝で活躍した種牡馬を付けて誕生したのがウォーターナビレラ。
「未完の大器」と呼ばれたディープインパクト産駒・シルバーステートを父に持つ牝馬は生まれて間もない頃から同牧場社長の伏木田修氏を虜にします。
伏木田氏は毎日、放牧地で遊ぶ仔馬を自宅の窓から眺めては「ホントいい馬だよな〜」と呟きました。
▲放牧地に伏木田修氏が来ると、ウォーターナビレラは友達とジャレ合うように近寄ってきました
時に、仕事の手を止めて見惚れることもあるくらい、来る日も来る日もずっと仔馬を眺めては将来への期待を口にする姿を見て、奥様の智恵さんは背中を押しました。
「そんなにいいと思うなら、山岡オーナーにお伝えしてみたら?」
山岡良一・正人オーナーは親子で馬主をされており、伏木田牧場とは修氏の父・達之氏の代から2代にわたって40年以上の繋がりがありました。長期休みになると、山岡オーナー一家が牧場を訪れることもあり、伏木田氏のお姉さんは良一オーナーの娘さんに勉強を教えてもらったこともあるといいます。
そんな家族ぐるみのお付き合いだからこそ、伏木田氏は「これぞ!と思ういい馬が生まれたら、山岡オーナーに所有していただきたい」と、かねてより願っていました。
一方で、伏木田家に信頼を寄せてくださっている山岡オーナーだからこそ、お勧めすれば二つ返事で買ってくださることも想像できたのでしょう。
だからこそ「本当にお勧めしていいかどうか」と、毎日仔馬を眺めて、馬体のシルエットや放牧地での動きを見ながら自問自答していたのでした。
▲カメラに興味津々の生後3カ月の頃のウォーターナビレラ
ただ、傍から見ると、その仔馬に惚れていることは明らかだったのでしょう。奥様の言葉に背中を押され、山岡オーナーに仔馬のことを伝えました。
そうすると、オーナーは「(伏木田)修ちゃんが言うなら」と即決で購入。韓国語で「蝶のように羽ばたく」という意味の「ナビレラ」に冠名「ウォーター」を加え、「ウォーターナビレラ」と名付けられた牝馬は、競走馬としての一歩を踏み出したのでした。
▲母シャイニングサヤカにくっつくウォーターナビレラ(生後3カ月の頃)
オーナーが他界直後のサフラン賞勝利
山岡良一オーナーは40年以上、競走馬を所有されてきた方で、ご子息の正人オーナーもまた競馬が大好きな方でした。
「競馬を好きになったのは私の方が先で、17〜18歳の時でした。その直後、父が入院したのですが、入院中はやることがなく、ちょうど入院患者さんに競馬をやる方もいたみたいで、父も競馬が好きになりました」と正人オーナー。
良一オーナーが河内洋調教師や武豊騎手の師匠である武田作十郎調教師とかねてよりの知り合いだったことから、武田調教師がお亡くなりになられて以降は毎年3月、京都で偲ぶ会を開いていました。
また、正人オーナーは毎年夏になると北海道を訪れ、伏木田牧場で未来の競走馬を見ることを楽しみにしていました。
コロナが蔓延して以降は、こうした楽しみは控えざるをえませんでしたが、それでも競馬への熱意は変わらず、2021年8月、ウォーターナビレラは札幌でデビュー勝ちを収めました。
テレビ越しの観戦でも、愛馬のデビュー勝ちは喜びもひと塩。これまで1999年フェアリーS2着のウォーターポラリスや、ダートで6勝を挙げたオープン馬・ウォータールルドなど親子で多くの馬を所有してきましたが、重賞は未だ勝ったことがなく、オーナーにとって初のタイトルを予感させました。
ところが2戦目を控えた昨秋、かねてより療養中だった良一オーナーがお亡くなりになられました。
長く競馬と競馬人を愛した良一オーナーの逝去に悲しみを抱きながら、正人オーナーは新幹線に乗り、中山競馬場でサフラン賞に出走するウォーターナビレラの応援に向かいました。
道中は青空が広がり、車窓からは綺麗な富士山が望めたといいます。
そうして迎えたレースは2番手から抜け出して快勝。
「きっと父が天国から背中を押してくれたんだ」
そんな思いを胸に口取り撮影に向かい、武幸四郎調教師に「先日、父が亡くなりました」と伝えたところ、武調教師もまた「天国からあと押ししてくださったのではないでしょうか」と話しました。
サフラン賞を勝ったことでオープン入りを果たし、3戦目に選ばれたのはファンタジーS。山岡家とも繋がりのあった武豊騎手が初めて騎乗すると、直線で迫るナムラクレアをしのいで勝利。武豊騎手・武幸四郎調教師の兄弟による重賞初制覇は、山岡家にとっても初の重賞制覇でもありました。
そして、伏木田牧場にとっても約35年ぶりの重賞制覇。
「私が牧場に戻ってきてからは初めてです」と、阪神競馬場まで応援に駆け付けていた伏木田氏は喜びを爆発させ、正人オーナーと固い握手を交わしました。
▲ファンタジーSのゴール直後、山岡正人オーナー(左)と握手を交わす伏木田修氏(提供:伏木田智恵氏)
そしてファンタジーSの帰り。伏木田氏ご夫妻は京都の良一オーナーの自宅に向かい、仏前で手を合わせました。
「牧場が苦しい時代も良一オーナーや正人オーナーが支えてくださって、感謝しています」
その後、暮れのGI・阪神ジュベナイルフィリーズは直線で一旦先頭に立って3着。前走・チューリップ賞は初めての控える競馬で5着で、いよいよ今週末、GI・桜花賞に武豊騎手と臨みます。
オーナーの山岡家、生産牧場の伏木田家、そして騎手と調教師の武家と、それぞれの歴史が幾重にも積み重ねられたウォーターナビレラ。それぞれの胸にいろんな思いを抱きながら、レースを迎えることでしょう。