2022年8月27日から高知競馬場でレース中の“ほぼ全てのラップタイム”がリアルタイムで表示される、という画期的なシステムが始まりました。これは高精度測位システムを利用したもので、目で見てペースの速い・遅いを判断できたり、メモを取って今後の予想に役立てることができます。
さらに、将来的には全頭のラップタイムの情報がレース後に公開される見込みで、そうなれば「どちらの逃げ馬の方がダッシュが速いの?」ということをデータに基づいて予想できます。始まったばかりの画期的なシステムについて、前半では詳細を、後半では活用の将来について「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
現地やYouTubeでラップをリアルタイム表示
海外のアイスホッケー中継で選手の位置がグラフィック表示されているのを見たことはありますか。
これと似たような技術を使ったのが高知競馬。
プレイヤーが専用のタグを身に着けることで、動きや位置など様々なデータが収集できるシステムです。
コロナがまだ始まる前、高知競馬場では場内にフリーWiFi整備工事などが行われました。その際に先述のシステムの話題になり、「これを競馬でも使えませんかね?」と構想が広がっていったところが始まり。
競馬は1周1100mという広いコースを、時に時速60km以上でサラブレッドが走ることもあるため、まずはレースで活用できるのかという実証実験を19年7月から翌年3月にかけて3〜4コーナーの一部分に限定して行い、やれる手応えを掴んだことから、本格的にプロジェクトがスタートしました。
ラップタイム測定の方法として、ジョッキーは勝負服の下に着るプロテクター(保護ベスト)にタグを着けます。500円玉よりふた回りほど大きなサイズで、重さはわずか10gほど。
背中の真ん中よりやや上の、「落馬した時に接地しづらく、影響の少ない場所」(高知競馬担当者)にウェットスーツ生地でポケットを付け、そこに入れています。
当初は今年1月に実現を見込んでいましたが、直前になっていくつかの課題が判明。その補正や対応策の検討・開発を繰り返して改良し、ようやく8月27日にファンへお披露目されることとなりました。
ラップタイムなどのデータが表示されるのは高知競馬場や四国内にあるパルス場外のモニターと、YouTube「高知けいば」チャンネルでのレース中継となっています。
上記のイメージ図のように、スタートから200m毎のタイムが右側に表示されるほか、先頭から3番手までの馬番が自動表示されます。
厳密な話をすれば、0.03秒単位でラップを計測しているため、0.1秒単位で表示されるラップタイムの足し算と、実際のレースタイムに誤差が生じる可能性があります。
これはたとえば、消費税が軽減税率の8%では、商品を1個だけ購入した場合と10個購入した場合では1円単位で誤差が生じるようなイメージでしょうか。
そのため、1300mや1400mではスタートから400m〜600m区間のラップは表示されないようになっていますが、その区間は2コーナーから向正面前半にあってポジション争いや仕掛け所とは関係のない場所。そのため、なくても大きな影響はないと思われます。
また、ゴール直前の区間も表示されませんが、代わりにラスト4Fと3Fのタイムがゴール直後に表示されるので、上がりが速かったのかバテ合いだったのか、ということがすぐに分かります。
どの馬が逃げるかの予想や、一発逆転ファイナルレースへの活用も?
ここまでシステム上の細かい話をしてきましたが、実際のところどう予想に役立つのか、が気になる点でしょう。
まだ始まったばかりなので、データを1年、2年と蓄積しながら活用の方法を模索していくことになるとは思いますが、大きく期待できるのは「どの馬が逃げるのか」の予想がしやすくなること。
高知競馬では今後、全馬の個別ラップタイムの公表が検討されていることから、初対戦の逃げ馬が何頭かいても、スタートダッシュの速さが可視化され、より予想がしやすくなりそうです。
また、データの検証が進めば、特殊なメンバーとレース展開になりやすい一発逆転ファイナルレース向きの馬を見つけられるかもしれません。
しかし、データが膨大になればその意味を理解するのにもそれなりの時間と知識を要します。
そのため、近い将来、まずは専門紙やスポーツ紙などのマスコミに全頭のラップデータが公開され、各媒体でその活用法を検討していく見込み。その後、ファンに対しても全頭のラップデータや何か分かりやすい形での情報提供をしていきたいとのことです。
高知を代表する騎手の一人、永森大智騎手は「自分が乗っている時は感触や馬のリズムを大切にするのですが、騎乗していないレースでは『このペースなのに前が残るんだ』『意外と上がりがかかるな』と知ることができて、すごくいいと思います」と新たな視点が得られたよう。
また、昨年全国リーディングの打越勇児調教師は「調教タイムの取得にもこのシステムを使えるようになっています。
うちの厩舎は追い切りタイムをあまり出さない傾向なのですが、もう少し速いタイムを出す日を作ってもいいのかもしれない、と所属ジョッキーとも話し合ったりしています。
もっと活用が進んでいけば、それを検討する上でも役に立つかもしれませんね」とのこと。
高知競馬のトラックマンは4名前後しかおらず、少数精鋭。会社の枠を超えてみんなで協力し合っていますが、「このシステムで仕事が楽になった」という声も早速聞こえてきているようです。
すべてはファンのみなさんが高知競馬の馬券を買って応援してくれたからこそ。また、今回のシステムは運用コストも考慮して進められており、地に足のついた経営努力もあってのことでしょう。
新たな試みを始めた高知競馬。さらにレース観戦や馬券検討に面白味が生まれそうです。