▲ハクサンムーンとの試行錯誤の日々を桜井吉章助手に伺う(提供:桜井吉章調教助手)
パドックを整列して歩き、レースでは誰よりも速く走ろうとする──そんな優等生ぶりを見ていると時に忘れがちになりますが、競走馬も生き物。それぞれに個性を持ち、ニンジンが嫌いな馬もいれば、担当厩務員に甘える馬、一人で外を眺めるのが好きな馬など性格は十頭十色で、その性格に合わせたケアや調教を行い、レースでの勝利を目指します。
新連載(不定期)「クセ馬図鑑─愛すべき強者たち─」では個性的な馬たちをご紹介。時にクスッと笑えるような人間らしい一面も垣間見えて、さらに馬が好きになること間違いなし!?
初回はレース前の“クルクル”が代名詞だったハクサンムーン。世界のロードカナロアにも勝ったことのある短距離馬の素顔は、とっても神経質で、すごく怖がり屋さん。馬房では鏡の向こうの自分やおもちゃ相手に怒ることもありましたが、担当の桜井吉章調教助手が付き添い、レースで力を発揮できるように試行錯誤がされていました。
(取材・構成=大恵陽子)
最終的には馬の希望を尊重「だったら、もう回ってください」
──ハクサンムーンといえば、レースの返し馬の前に馬場でクルクル回ることが有名でした。
桜井 馬場では絶対に左回り、馬房では右回りでした。
──いつ頃から回るようになったのですか?
桜井 馬房で回るのはデビュー前に入厩した時からです。激しく回るので、いろんな対策をやりました。馬房内の壁すべてに鏡を張って、馬が映るから大人しくなるかな? と思ったら、20分くらいで飽きて、怒っていました。
そこで今度は馬房の前に2mくらいの特注の鏡を置いたんですけど、それも怒っちゃってダメ。ストレス発散用に馬房に吊るすリンゴ型のおもちゃがあるんですけど、それをいっぱい吊るせばリンゴが当たって嫌で回らなくなるかな? と考えたのですが、むしろ「なんやねん、これ!」みたいな感じに怒りながら顔面に当てて、逆にストレスを与えてしまったので、「だったら、もう回ってください」となりました。
──ハクサンムーンのクルクル願望に、人間が折れたんですね(苦笑)。
桜井 とはいえ、レース当日に馬房でずっと回っていたら、体力的に心配になるので、新馬戦の時から競馬場に着くとずっと付きっきりでした。
▲クルクル願望には勝てませんでした(提供:桜井吉章調教助手)
──ハクサンムーンのそばを離れられず食事に行けないので、ポケットにおにぎりを忍ばせていたと聞いたことがあります。
桜井 この子のためにできることは何でもやろう、と思いました。プラスになるかは分からないけど、マイナスにならなければいいかな、と。