▲生まれたてのマンダリンヒーローと母のナムラナデシコ(写真提供:平野牧場)
日本競馬史上初めて地方馬として米国競馬に参戦し、ケンタッキーダービーにも出走が決まったマンダリンヒーロー。直前で無念の回避となったコンティノアール陣営の思いも背負い、日本馬として偉業に挑みます。
そんな誰も歩んだことのない道を行く馬は、生産者のどのような想いを背負って産まれてきたのか。産まれた時からほかの馬と何か違いはあったのか。生産牧場である平野牧場さんに話を聞きました。
(取材・構成=佐々木祥恵)
シャンハイボビーを配合した理由「スピードは間違いない」
──まずサンタアニタダービーをご覧になった感想をお聞かせください。
平野 その瞬間は良くやった、すごい競馬をしたと思いました。
──アメリカのG1レースに出走すると聞いた時のお気持ちは?
平野 ああ行くんだ(笑)…という感じです。東京ダービーも出たことのない牧場が、初めてのダービーがアメリカのダービーなんだ…と思いました。まあ恥ずかしくない競馬と言いますか、ある程度ちゃんとした競馬の形になればいいなというのが1番の望みでした。
──その望みが叶ったようなレースになりましたね?
平野 これまで負けたレースのリプレイはあまり見なかったのですが、初めから何度も見直したレースは今回が初めてで、もう繰り返し繰り返し見ています。
──マンダリンヒーローが生まれた時は覚えていらっしゃいますか?
平野 普通にお産してしっかりした子が生まれたなという感じで特別な記憶はないのですが、スタッフの西川明男さんは(生まれた時から)目付きが違っていたと言っていていました。