ゴールデンウィークはダートグレード3連戦。かきつばた記念(名古屋)、兵庫チャンピオンシップ(園田)、かしわ記念(船橋)と週中に3レースが行われました。
昨年のGWにかきつばた記念を勝ったイグナイターはその後、NARグランプリ年度代表馬に輝き、今年は同レースではなく、かしわ記念JpnIに目標をステップアップさせました。
その鞍上に迎えたのはこれまでの主戦・田中学騎手ではなく、笹川翼騎手。乗り替わりは時にネガティブに捉えられることもありますが、イグナイターの場合、騎手同士のリスペクトがそこにはありました。「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
「いつもみなさんが丁寧に携わっているんだなと」
昨年、黒船賞JpnIII、かきつばた記念JpnIIIと地方所属馬ながら連勝し、NARグランプリ年度代表馬にも輝いたイグナイター(園田・姫路)。
今年は悲願のGI/JpnI制覇に向けて、かしわ記念JpnIへと狙いを定めました。
鞍上は笹川翼騎手(大井)。
そう、昨年ダートグレードを連勝するなど主戦を務める田中学騎手ではありませんでした。
騎手の乗り替わりにはいくつもの要素が重なり合うことが往々にしてあります。
今回は同日に地元・園田競馬場で重賞・兵庫大賞典が行われ、田中騎手は以前から主戦を務めるジンギが出走を予定していました。
イグナイターが園田に移籍してくるよりも前から主戦を務めていたジンギ。2年連続で兵庫県競馬の年度代表馬にも輝いた同馬へのリスペクトも込めて、陣営は今回は南関東の騎手に依頼することを決めたのでした。
ただ、ジンギは直前で状態が整わず兵庫大賞典を回避しましたから、運命は時に残酷なものだとさえ思います。
ともあれ、こういった事情で白羽の矢が立った笹川騎手。
騎乗が決まると、自ら追い切りに乗りたいと志願し、4月29日に園田競馬場で実現しました。
前日入りし、当日は朝6時からの追い切りのため早朝から新子雅司厩舎にやって来ました。
▲厩舎からイグナイターに騎乗して調教に向かう笹川翼騎手。新子雅司調教師(右端)はいつも調教に跨っているため、「人が乗っているのを初めて見て、不思議な感じ」と。
途中、馬場の入り口でイグナイターがピタリと立ち止まると軽く促しつつも、本人の気持ちが向くのを穏やかに待った笹川騎手。
角馬場で入念に体をほぐし、コースでの追い切りを終えて戻ってくると、感触をこう話しました。
「思っていたよりも乗りやすく、タイトルを獲っている馬の背中の良さを感じました。レースに向けてもマイナス要素を感じず、自信を持って臨めます。今日、乗りに来てよかったです」
さらにこう続けたのです。
「いつも丁寧にみなさんが携わってらっしゃるんだなと感じました」
競走馬はとても賢くて繊細な生き物です。ちょっとした嫌な記憶や怖かったことは後々までずっと覚えているため、たとえばゲートで怖い経験をしてしまうとそれ以降、ゲート入りを嫌がることは多々あります。
それだけに、ネガティブな感情を抱かせないように日々接することが大切なのですが、とても難しいことでもあるのです。
それを理解している者同士だからこそ、笹川騎手はこの表現を使ったのでしょう。また、様々な事情により今回騎乗ができない田中騎手への最大限のリスペクトでもあったのだと思います。
▲追い切り後、イグナイターを撫でる笹川翼騎手。過密スケジュールの中、園田まで追い切りに乗りに来ました。
「スピードの生きる馬場の方が合うかも」南部杯で巻き返しへ
田中騎手もまた過去に騎乗したジョッキーへのリスペクトを表していました。
その相手は、園田移籍後4戦で騎乗した笹田知宏騎手。
「南関東から新子厩舎にイグナイターが移籍してきた時、笹田が大事に乗ってくれて、それが黒船賞制覇にも繋がったかなと思います。僕はたまたまいいタイミングで乗せていただいただけです」
この言葉は、黒船賞を勝った後も、NARグランプリ年度代表馬受賞が決まった後も、折に触れて幾度となく話していました。
競馬は1頭の競走馬を取り巻く人々のチームプレイだとも言われます。
かしわ記念は残念ながら7着に敗れてしまいましたが、3〜4コーナーでは新子調教師も「うわぁー! と思った」と目を輝かせるほどの見せ場がありました。
そして、笹川騎手はこれまで携わったジョッキーたちの思いも大切にしながら乗ったことと思います。
敗戦はつらいものですが、これも一つのステップに、イグナイターはさらなる高みを目指すでしょう。
「スピードの生きる盛岡ダート1600mの方が合うかもしれないですね。南部杯で巻き返したいです」
新子調教師はそう言って、船橋競馬場を後にしました。
▲かしわ記念は7着だったイグナイター。悲願のGI/JpnI制覇へ向けて秋に巻き返しを誓います。