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馬の画家の個展と厩舎の写真集

  • 2023年07月27日(木) 12時00分
 今週の月曜日、東京・門前仲町の「ギャラリーダイジロ」で行われていた、馬の画家・斉藤いつみさんの個展『蹄跡を重ねて』を見に行った。

 午後1時ごろにコビさんこと小桧山悟調教師も行っていると聞いていた。ちょうどではなく「ごろ」だからと、私は少し遅れてギャラリーに向かっていた。スマホで地図を見ながら清澄通りを歩いていると、編集者の金子茂さんに声をかけられた。同じタイミングで金子さんも向かっていたのかと思い、ふと横のビルを見ると、物陰にコビさんが隠れていた。

「あれ、どうしてそんなところにいるんですか」と私が訊くと、「ビックリさせようとしたに決まってるじゃないか」とコビさんは笑い、こうつづけた。

「そこの角を曲がったところにギャラリーがあるから、『エーッ、もう帰っちゃったんですか!?』って言ってみろよ」

 どうやらコビさんと金子さんは、すでに展示を見て、「帰る」と言って出てきたらしい。

 私はそういうイタズラをするキャラではないのだが、コビさんがあまりに嬉しそうなので、従った。

 ギャラリーの入口に立って「こんにちは」と声をかけると、これが初対面だった斉藤さんは、驚いた顔で立ち上がった。

「え、小桧山先生は今さっき帰ったばかりです。あ、島田さんですよね?」

「そうです。これ、どうぞ」

 そう言って手渡した菓子折りを受け取り損ねて落とすほど、斉藤さんは慌てていた。

 ギャラリーのオーナーの女性も、「まだそのあたりにいるかもしれません」と外に出てきた。その後ろで斉藤さんがコビさんに電話をかけている。当然、コビさんはそれを取らない。

 イタズラを仕掛けた人が面白がるとしたらこのシーンだと思うのだが、仕掛人のコビさんは先刻と同じビルの物陰にいるので、見ることができない。

 ──はたして、このイタズラには意味があるのだろうか。

 私はそう思い、これが「ドッキリ」だといつ言うべきか考えていると、ギャラリーの女性が駅のほうへと走り出した。35度を超える炎天下だ。心苦しかったので、「走らなくてもいいです」と言ったのだが、声が小さかった。

 物陰にコビさんがいることに気づいた女性は、最初は「あ、よかったです」と言っていたが、コビさんと金子さんと私の様子から、これがドッキリだとわかると、「もう、走っちゃったじゃないですか」と言った。マスクをしていたのでわからなかったが、頬をふくらませていたと思う。

 あのとき、彼女の目に「主犯格」と映ったのは、コビさんではなく、そこにコビさんが隠れていることを言わなかった私だろう。損な役回りである。

 その後、コビさんたちとギャラリーに行き、斉藤さんがコビさんと私の写真を撮った。

「島田君とツーショットに収まるのって、30年ぶりぐらいじゃないか」とコビさん。

 そういえば、私がスマイルジャックを追いかけていたときも、ツーショットを撮ったことはなかった。

 1990年の夏、武豊騎手がアメリカのアーリントン国際競馬場(当時の名称)に遠征し、ザットワズロングアゴーという馬で勝ったとき、現地に一緒にいたコビさんと私のツーショットを撮ったことがあったかもしれない。

 その口取り写真を含め、集合写真で一緒に写ったことは何度もあったが、ツーショットはいつ撮ったか、はっきりしない。

 斉藤さんの絵はネットを通じては何度も見ていたのだが、やはり、実物のほうがずっといい。馬に向ける視線が優しく、馬のしなやかさとあたたかさが伝わってくる。私が特に好きになったのは、ダノンシャンティが馬房にいるところを描いた「光のさす馬房」という作品だ。風格があるし、こちらを見つめる面構えがいい。

 斉藤さんと、ホーススポーツフォトグラファーの岡崎千賀子さん、濱田沙緒理さんの3人が、今年度限りで解散する小桧山厩舎の写真集を制作することになり、今回の訪問は、どんな形でもいいからそれに関わらせてほしいと私が希望したことも関係していた。

 斉藤さんたちはその写真集を「卒アル」と呼んでおり、今のところは非売品にすることを考えており、2月末に刊行する予定だという。

 ギャラリーでの馬談義は、素敵な絵に囲まれていたこともプラスして、とても楽しかった。コビさんと金子さんが先に帰り、卒アルに関して斉藤さんとの打ち合わせを終えたあと、ギャラリーの女性に、イタズラの件を謝ってから帰った。仕掛けた人と謝る人が別々というのは、こうした友人同士ではなく、会社などの組織でも、よくあるのではないか。

 ところで、このギャラリーダイジロは、門前仲町の駅から1分かかるかどうかの交通至便なロケーションで、飲食店のなかに忽然と現れた感じが、「下町のお洒落なギャラリー」という特徴を強調していて、とてもいい。オーナー姉妹のお父さんの生家をリノベーションして昨秋オープンし、名称はお父さんの「大二郎」からつけたとのこと。大二郎さんは絵を描くことも、競馬も好きだったという。娘さんたちにこれだけ大切に管理・運営されていることといい、少し話を聞いただけで、とてもいい人だったことがわかる。

 さて、写真作品ということで、本稿がアップされる7月27日から発売される『相馬野馬追ファンガイド 2022-2023』のキンドル版を読んだのだが、あまりのクオリティーの高さに、テンションが一気に上がった。相馬野馬追とインディカーの撮影をライフワークとする斉藤和記さんが撮影・執筆・制作した。相馬野馬追と相双地方に対する愛情に溢れた一冊だ。キンドル版もあるし、キンドルアンリミテッドに加入している人は追加料金なしで見られるので、ぜひ見てほしい。

 ファンガイドのおかげで、週末からの野馬追取材が、より楽しみになった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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