▲昨年の菊花賞馬、アスクビクターモア(撮影:下野雄規)
昨年の菊花賞を制し、クラシック最後の一冠を手にしたアスクビクターモア。4歳となり今後のさらなる活躍に期待されるなか、8月8日に天へと旅立ちました。「正直、今でも信じられない」と話すのは、アスクビクターモアの初入厩時から担当し、一番近くで過ごしてきた塩野晋助手(田村康仁厩舎)。今年も行われる菊花賞を前に、アスクビクターモアとの思い出をうかがいました。
(取材・文=馬切もえ)
“いずれまた会える日が来るんだよ”
──アスクビクターモアは初入厩時から担当されていたそうですね。
塩野晋助手(以下、塩野) はい。自分が担当させてもらうと聞いて入厩前に色々と調べたのですが、ディープインパクト産駒で、セリで高値がついたと知って緊張しましたね。ただ厩務員としてはそういう馬を担当させて頂けるだけでも名誉なこと。うれしかったです。
──実際に触ってみての印象は?
塩野 見た目には特別大きかったわけでもなく、まだまだ幼児体型。ただ性格は勝ち気でしたよ。
──勝ち気というと、元気があり余っているとか、ワガママとか?
塩野 いえいえ。とても行儀が良くて扱いやすいんです。でも自分のルーティーンとか、何か気になることがあったり、考える場面があると、人間主導では動かない。自分が納得してから動く感じですね。だから勝ち気というよりは、“自分を持っている馬”でしたね。
▲“自分を持っている馬”アスクビクターモア(撮影:下野雄規)
──具体的なエピソードはありますか?
塩野 そうですね…。例えば調教が終わって厩舎に帰ると、すぐに上がり運動はしませんでした。まず一旦、馬房に入ってゴロゴロして、水を飲んで。一服してから上がり運動をしていました。
──アスクビクターモアなりのこだわりがあったんですね。何か苦労したりしたことは?
塩野 それが本当にないんですよ。調教はマジメにこなすし、カイバもちゃんと食べてくれました。脚元の不安もなかったです。だからトレセンでの日々は毎日が淡々と過ぎていったような気がします。
──とてもファンの多い馬でしたが、塩野さんから見てアスクビクターモアのどんなところが好きでしたか?
塩野 走り方ですね。前脚を高くあげる独特のフォームは、とても綺麗で格好良かったと思います。
▲塩野助手は、綺麗で格好いいフォームが好きだったという(撮影:下野雄規)
──ファンからも色々なプレゼントが届いたのではないですか。
塩野 そうですね。お守りとか、手紙とか、たくさん頂きました。今でも大切に保管してあります。
──1番思い出に残っているレースは?
塩野 やっぱり菊花賞ですね。レース後に優勝のレイをかけてもらった時に、これまで菊花賞を勝った歴代の名馬たちの光景が重なって見えて感慨深かったです。もともと菊花賞は三冠の最終戦ということで様々なドラマがありましたよね。個人的にも大好きなレースだったので、本当に言葉にならないくらいうれしかったです。
▲積極的な競馬で最後の一冠を勝ち取った(ユーザー提供:ワラビさん)
──そんな塩野さんと苦楽をともにしてきたアスクビクターモアでしたが、8月の上旬に突然の訃報が届きました。
塩野 とにかく驚きましたし、ただただ悲しい。正直、今でも信じられないというか、その現場に立ち会っていたわけでもないので実感が湧かないんです。また元気に厩舎に帰ってきてくれるんじゃないか…。そんな気がしてしまうくらいです。
──なかなか気持ちの整理はつきませんよね…。
塩野 はい。ただ先日、馬頭観音で手を合わせた後に、田村(康仁)先生から「今はアスクビクターモアと会えないけど、それは“たまたま”なんだよ。いずれまた会える日が来るんだよ」と言葉をかけていただいて…。それで救われたというか、これからも前向きに頑張って生きていこうという気持ちになれました。
──温かいお言葉ですね。さて今年も菊花賞が行われます。テレビや競馬場では昨年のレース映像がたくさん流れて、アスクビクターモアのことを思い出すファンも大勢いることでしょう。
塩野 そうですね。間違いなく自分もそのひとりで、先月のセントライト記念の時にも色々な思い出がよみがえりました。でもそうやって皆さんに思い出してもらえたら、きっとアスクビクターモアも幸せなんじゃないかと思いますね。
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(文中敬称略)