「夢」っていい言葉だな、と思います。仕事や勉強を頑張るモチベーションになりますし、それを叶えることに醍醐味があると感じていました。ところが、「夢だと言っているうちは叶えられない」と話すのは、JBCスプリントをイグナイターで制した新子雅司調教師。その真意とは、何なのでしょうか。
また、先月は地方競馬からジャパンカップに参戦し、「目標の一つを叶えられた」と話すチェスナットコート陣営の姿もありました。今回が連載最終回となる「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
大谷翔平選手の「憧れるのをやめましょう」に通ずる思い
先月、JBCスプリントを制覇したイグナイター。南関東以外の地方馬がJBC三競走(クラシック、スプリント、レディスクラシック)を勝つのは初めてという快挙でした。
その勝利秘話については先月の当コラムでお伝えした通り。坂路のない園田競馬場のコースだけでJpnIを勝つ馬が誕生したことは、雑草魂や下剋上といった言葉も浮かび、勝利の重みと喜びがより増すようにさえ感じられます。
▲JBCスプリントを制した園田の“英雄”イグナイター(撮影:大恵陽子)
かつてハイセイコーやイナリワン、オグリキャップなど地方出身でJRAのGIで活躍した馬たちが絶大な人気を誇ったのも、そんな側面があったからでしょう。
新子雅司調教師はこう話します。
「弱いと見られていた者が強者に勝つのを面白いと思う人もいたでしょう。ましてや、園田から勝てるなんて、なかなか思わなかったでしょうし」
そう、それだけ園田・姫路競馬からJpnIを勝つには高くて厚い壁が立ちはだかっていたのです。新子厩舎所属馬を除くと、ダートグレード競走(JpnIIとJpnIII)でさえ勝ったのはサラブレッドが導入された24年間でロードバクシン、チャンストウライ、トウケイタイガーの3頭のみ。
だからこそ、「夢があるな、と言われました」と話します。ただ、この言葉にこう続けました。
「そう思っているうちは、勝てずに夢のまま終わると思います。僕は、ずっと勝つつもりでJpnIもJBCも臨んでいました」
夢に掲げているうちは手が届かない、という意の言葉は、大谷翔平選手がWBC決勝戦を前に「憧れるのをやめましょう」と発した言葉に通ずるものがあるように思います。
▲“夢”と掲げるうちは届かない──憧れることをやめた新子調教師の見つめる先は…(撮影:大恵陽子)
YouTubeで好評だった「馬ご本人インタビュー」の裏話
一方で、「夢は口に出せば叶う」という言葉も存在します。周りの人に目標を伝えることで、自分自身のモチベーションがより上がったり、達成のための手助けを受けることができたりするからでしょう。
「ジャパンカップに田中学騎手とチェスナットコートで出走したい」
かねてからそう口にしていたのは、田中一巧調教師(園田・姫路)でした。そのためにジャパンCへの出走資格や出走馬決定順を細かく調べ、準備を進めてきました。
残念ながら田中騎手は腰痛のため騎乗が叶いませんでしたが、田辺裕信騎手を背に夢の舞台に立つことができました。これが引退レースと決まっていたチェスナットコートは、かつて活躍したJRAの舞台、それも大観衆が見つめるGIレースで競走馬生活を終えることができ、京都府の乗馬クラブで余生を過ごすことが決まりました。
netkeibaのYouTubeで「チェスナットコートご本人インタビュー」を行いましたが、実はこれも田中調教師からジャパンCに対する夢と熱い思いを聞いていたので、編集部と相談して実施したもの。
そういう意味では「夢は口に出せば叶う」に通じるものがありますし、一方で17着という結果からは「夢だと言っているうちは叶えられない」のかもしれません。
しかし、厩舎にとっては大きな一歩となったことでしょう。
▲“夢”とはなにか──チェスナットコートの挑戦が語りかける(ご提供:田中一巧調教師)
ある日、筆者は田中騎手から「大恵ちゃんの夢は何?」と聞かれたことがありました。
「競馬に関連した本を出すことです」
そう答えると、「じゃあ、その時は買うね!」と笑顔で答えてくれました。
あれから数年が経ってしまいましたが、このたび競馬本に携わることができました。
12月12日発売の『もうひとつの最強馬伝説 〜関係者だけが知る名馬の素顔』。1990年前後から現代まで、名馬36頭の素顔を集めた本で、私はディープインパクトと猫にまつわる話や、1円玉とウオッカのエピソード、獣医師から見たキタサンブラックなど10頭の執筆を担当しました。すでに通販サイトなどでは予約販売が開始されています。ぜひこの機会にお手に取っていただければと思います。
そして、出版元のマイクロマガジン社様よりnetkeiba読者のみなさまへのプレゼントもご提供いただきました。応募フォームからどうぞご応募ください。
毎月連載していた当コラム「ちょっと馬ニアックな世界」は今回をもって終了となります。テレビや新聞には収まりきらない馬ニアックな話題ばかりを集めていましたが、お付き合いいただいた読者のみなさま、本当にありがとうございました。
■「ちょっと馬ニアックな世界」読者プレゼントのお知らせ
当コラムのコラムニスト・大恵陽子さんも執筆陣に加わった単行本『もうひとつの最強馬伝説 〜関係者だけが知る名馬の素顔/マイクロマガジン社』の発売を記念し、抽選で5名様にプレゼントいたします。
日本競馬の歴史にその名を刻む名馬36頭の素顔はどんなものなのか? その馬をもっともよく知る関係者(調教師、厩務員、調教助手、騎手、牧場関係者など)へ独自取材を敢行! これまであまり語られてこなかった名馬の意外な真実が盛りだくさんの一冊です!
※応募期間は終了いたしました。
--------------------
【連載終了のお知らせ】
先にあります通り、当コラムは本日の更新を持ちまして、連載を終了させていただくことになりました。長い間のご愛顧、まことにありがとうございました。