今年の仕事始めは、1月4日(木)正午までの原稿用紙6枚ほどの入稿だった。それはすなわち、私が三が日までに書いておくことを前提としたスケジュールだった。本来なら12月中でもおかしくなかった〆切なので、編集者を恨んでいるわけではないが、おかげでわりと忙しい年末年始になった。
喪中だったのでお節料理は食べず、原稿を書いたり、能登半島地震や日航機事故のニュースを見たり、箱根駅伝の応援に行ったりしながら何冊か本を読んでいるうちに、三が日が終わっていた。
読んだのは、『颶風の馬』でJRA賞馬事文化賞を受賞した河崎(崎はたつざき)秋子さんの直木賞受賞作『ともぐい』、かつて馬事文化賞の選考委員だった石川喬司さんの『彗星伝説』、優駿エッセイ賞の選考委員もつとめた芥川賞作家・古井由吉さんの『こんな日もある 競馬徒然草』、コビさんこと小桧山悟調教師の『蹄音の誘い』などである。
なかでも強烈だったのは、直木賞を獲ったばかりの『ともぐい』だ。河崎さんの地元でもある道東(北海道東部)が舞台。人里離れた山中で熊や鹿などを狩って暮らす熊爪(くまづめ)という男の物語である。時代は明治の後期。猟犬だけが相棒だった熊爪の日常が、冬眠しない「穴持たず」のヒグマを追ってきた男の登場によって変わっていく。獲物を買ってもらう町の商家の主や番頭、そこで出会った盲目の少女らと熊爪とのやり取りが、実に生々しくて面白い。いわゆる「価値観の相違」といったものを超越した、「自分は何者か」「何のために生きているのか」といったアイデンティティーのあり方が根本的に異なる人間たちのなかで戸惑いながら、自分の生き方を貫く熊爪を、読みながらどんどん好きになってしまう。熊爪の痛みや苦しみが自分のものになり、それを受け入れられるようになったときに、この物語は終わる。今も私は、熊爪の声を耳の奥で聴くことができる。あまり書くとネタバレになるのでこのくらいにしておくが、素晴らしい作品だ。
石川喬司さんの『彗星伝説』はファンタジーの掌編集で、「紅白ウマ合戦」という1966年の有馬記念にまつわる掌編もある。
古井由吉さんの『こんな日もある 競馬徒然草』は、「優駿」の連載をまとめたもので、高橋源一郎さんの解説も面白い。
コビさんの『蹄音の誘い』は「週刊ギャロップ」の連載を一冊にしたもの。調教師の視点ならではのサークル内のテーマから、競馬界の枠を超えた各地の馬文化まで、わかりやすく記されている。
たまたま、私が知っている人たちの本ばかり紹介することになったが、競馬関連の良書というのは、実にたくさんある。が、書店巡りをするたびに、競馬本のコーナーが「コーナー」とは言えないほど小さくなり、棚1段あるかどうかの書店が大半になっているのが現状だ。書店そのものが少なくなっているなかで、競馬本コーナーの拡大ばかりを願うのは無理かもしれないことを承知で言うが、例えば、JRAがスポンサーとなって棚の使用権を買い取り、「名馬の本」「ホースマンの本」「競馬エッセイ」「競馬小説」「馬事文化賞受賞作コーナー」などをつくってくれないものか。JRA70周年記念事業に、今からでもそれを加えてくれると、寺山修司やディック・フランシスの作品をはじめとする「活字競馬」に若いころから影響を受けてきたひとりとして、とても嬉しい。
馬事文化賞に関して、SNSなどで、「ダービースタリオン」や「ウマ娘 プリティーダービー」といったゲームに授与してもいいのではないかという声が上がっている。以前、月刊誌「競馬塾」の連載エッセイに、石川喬司さんが、馬事文化賞の選考委員会でダビスタを推したがポカンとされた、といった話を書いていた。例えば、馬事文化賞の「特別賞」で、受賞事由を「ダービースタリオン」とし、受賞者を開発者の園部博之さんにしてもいいのではないか。『みどりのマキバオー』『優駿の門』などのマンガに関しても、そうだ。
ゲームやマンガが馬事文化賞を受賞する日と、日本馬が凱旋門賞を勝つ日は、どちらが先になるだろう。それまで私は生きているだろうか。
追突事故から3カ月近くになるのに、まだ首が痛い。朝、痛みとともに目覚める憂鬱にも慣れてきた。これからリハビリに行く。