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ペリエ騎手、お疲れさまでした

  • 2024年04月25日(木) 12時00分
 羽田から千歳に向かう機内でこの原稿を書いている。今夜は千歳に泊まり、明朝から馬関連の取材をする。打ち合わせを兼ねた今日の夕食はどこがいいかと編集者に訊かれ、どこでもいいと答えたら、その後、同行するカメラマンにジンギスカンの店がいいのでは、と言われたと連絡があった。おそらく10年以上前に私も一緒に行った店だ。確かに美味いのだが、カウンターだけの小さな店で、衣類にすごい臭いがついてしまう。食べているときはいい「匂い」でも、店を出たとたん「臭い」に転ずる。取材後ならともかく、今回は別の店にしましょう、と私から言った。

 馬は鼻が利く動物として知られている。社台スタリオンステーションで、ノーザンファームとの間にある木々を伐ったら、種牡馬たちが繁殖牝馬の匂いや気配に気づいて興奮したことがあったという。両者の間には車道や駐車場などがあり、放牧地や厩舎は遥か向こうにあるのだが、それでも気づくのだから、鼻が利くどころの話ではない。聴覚や、人間で言う第六感的な部分も関係しているのかもしれないが、ともかく、刺激に敏感であることは間違いない。

 はたして、馬はジンギスカンの「匂い」や「臭い」をどのように感じるのだろうか。

 と、あれこれ書いておきながら、結局焼肉の店に行った。札幌近郊でチェーンを展開する徳寿という、私の好きな店だ。こちらも衣類に臭いがうつるとはいえ、ジンギスカンほどではない。

 取材を終え、墓参りをするためレンタカーで札幌へ向かった。そのとき、カーラジオで聴いていたAIR-G(FM北海道)のニュースで、オリビエ・ペリエ騎手が現役を引退することを知った。

 ペリエ騎手は1973年生まれの51歳。21歳だった1994年から短期免許を取得して日本で騎乗するようになり、95年から2008年まで14年連続JRAの重賞を勝つという、日本のトップジョッキーでもなかなかできないことをやってのけた。それ以上に知られているのは、96年から98年まで凱旋門賞を3連覇(計4勝)し、02年から04年まで有馬記念を3連覇するという偉業を達成したことだ。これはおそらく不滅の記録になるだろう。

 私は、ペリエ騎手が初めて日本の短期免許を取得したとき、フランスの専門紙「ウィークエンド」の依頼で、ペリエ騎手にインタビューしたことがあった。数年後にはかなり達者な日本語を話すようになっていたが、来たばかりのころは、日本語はおろか、英語も簡単なやり取りしかできない程度だった。これでよくぞ単身遠い異国にやってきたものだと驚いた。そのときは、ボディランゲージをまじえ、日本の競馬、特にダートはスタートからずっとプッシュプッシュで行かなければならないなど難しい、といった話をなんとか聞き出した。

 当時の身元引受人が武邦彦調教師だったこともあり、冗談めかして「武豊騎手の弟弟子」と表現した関係者もいたが、ほどなく、押しも押されもせぬ世界のトップジョッキーになった。

 確か、初めてインタビューをした翌年だったと思うが、次に会ったときには普通に英語を話すようになっていたので驚いた。騎乗技術も、コミュニケーション能力も、騎手としてのステイタスも、右肩上がりで面白いように伸びて行った。

 四位洋文調教師が騎手時代にペリエ騎手と対談したときの司会・構成を私が担当したこともあった。

 そのとき、四位調教師が「逃げ切りの少ないフランスで、オリビエが凱旋門賞を逃げ切ったのは、日本でそういうレースを多く経験したことの影響では?」と質問すると、ペリエ騎手は「そんなことはない」と答えていた。それはしかし、半分は彼の負けん気だったように、表情や語気から私には感じられた。四位師も苦笑いしていたので、同じように感じていたと思う。

 ペリエ騎手、長い間、お疲れさまでした。

 墓参りを済ませ、今、実家のあったところに近いショッピングモールのカフェでこれを書いている。

 今夜帰京し、明朝、栗東取材のため関西に行く。

 忙しくてなかなか疲れが取れないが、食えない苦しさに比べたらなんてことはない。さあ、今夜は何を食おうか。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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