新型コロナウイルスが感染症法上の「5類」に移行してから1年が経った。季節性インフルエンザと同じ「普通の感染症」になってきたとの見方もあるようだが、長期間の後遺症に苦しめられている人も多いという。
私は、「5類」に移行してからほどなく、去年の安田記念のあとに初めて感染した。どう考えても、「ノーマスク」の複数の人間と「密」な空間にいたのは、競馬場からの帰りに寄った不味いラーメン屋だけだ。なので、私のなかで、というか、ネタ的には、あそこでうつされたということにしている。症状が出てから数日は使い物にならず、安田記念のレビューを書くのもしんどかったが、幸い、後遺症はなく、「普通より熱の上下の大きい風邪」といった程度で済んだ。
引きつづき、油断せず、かといって過度に怖がりすぎず、うつすこともうつされることもないよう気をつけたい。
5月4日(日本時間5日)に行われたケンタッキーダービーに出走し、3着と5着に健闘したフォーエバーヤングとテーオーパスワードが帰国した。両馬とも素晴らしいパフォーマンスを発揮し、日本で見ていたファンは朝から熱くなって大変だった。特に、フォーエバーヤングは、150回の節目となった「スポーツで最も偉大な2分間」を制するのではないかと思われたほどの激走を見せた。
世界一のサラブレッド生産大国であるアメリカのメイントラックの最高峰で、選りすぐりの強豪とアウェーで戦い、ハナ+ハナの3着だったのだから、見事と言うほかない。
坂井瑠星騎手の騎乗も素晴らしかった。直線でシエラレオーネに外から何度も馬体をぶつけられ、そのまま押圧されてストライドを乱すのではなく、鞭を左(内)に素早く持ち替え、押し返しながら真っ直ぐ走らせた。
シエラレオーネのタイラー・ガファリオン騎手が、ゴール前で鞭を持った左手を伸ばしてフォーエバーヤングに押しつけたように見えたが、あれは、内に刺さるのを修正しようと手綱を操作してもダメで、さらに左鞭を入れるスペースもなくなり(もし左の逆鞭を使ったら、フォーエバーヤングや坂井騎手に当たっていただろう)、それでやむを得ず、距離を取るため手を伸ばしたのではないか。
勝ったミスティックダンを含め、横並びになった3頭でシエラレオーネの脚色が一番よかった。あのままフォーエバーヤングを押し込みながら斜め前に出てしまったら、フォーエバーヤングの前脚がさらわれて、危険な状況になる可能性もあった。
そうしたことを回避するために左腕を伸ばしたように、私には見えた。
ケンタッキーダービーのゴール前での事件というと、1933年に上位2頭の騎手がつかみ合ってゴールした「ファイティング・フィニッシュ」が知られている。そのシーンのモノクロ写真を見たことのある人は多いと思う。が、今回、ガファリオン騎手は、そうした妨害行為をするために左腕を伸ばしたわけではないと思う。入線後の彼の様子からも、ケンカを売りに行った態度ではないことは明らかだ。彼としては、前述したように馬に余力があったので、できることなら両手で追いつづけたかったところだろうが、内にもたれてどうしようもなかったのだろう。
坂井騎手もそうとらえているからこそ、異議申し立てをしなかったのではないか。
騎手たちは、みな、騎乗馬の力を最大限発揮するために力を尽くしていた。いいものを見せてもらった。
これまでも、「日本の馬は世界トップレベルになった」と言われてきたが、それは芝のトップホースに対してあてられることがほとんどだった。
日本馬による海外ダート重賞初制覇は、ユートピアによる2006年のゴドルフィンマイルだった。アメリカやドバイのクッションのいい「土」のようなダートは、日本の「砂」と言うべきダートとも、硬いと言われる芝とも性質が異なり、どういう馬に適性があるのか見えてこなかった。当時、武豊騎手は「日本のホースマンは海外のダートアレルギーになっている」と表現していた。
そうしたこともあり、日本馬による海外ダートG1初制覇は、2021年のマルシュロレーヌによるBCディスタフと、ずいぶん遅くなった感がある。
今、ここに「遅くなった」と書いたが、実は私は、日本馬がアメリカのダートG1を勝つより、日本馬が凱旋門賞を勝つ日のほうが早くなるだろうと、ずっと思っていた。
であるから、マルシュロレーヌの勝利を「快挙」と記していたのだが、2023年にウシュバテソーロがダートのドバイワールドCを勝ったり、マンダリンヒーローがサンタアニタダービーで僅差の2着となったり、今年のケンタッキーダービーを見たりしているうちに、いわゆる「ダート馬」も、全体が底上げされて世界レベルになっていることに気づかされた。
フォーエバーヤングとテーオーパスワード、ウシュバテソーロは父系で、マンダリンヒーローは母系でサンデーサイレンスが3代前に入っている。もうひとつの連載にも書いたように、日本の生産界をあげて、サンデーの血をつなぎながら、飽和状態を回避すべく異なる血を導入して熟成しているうちに、凱旋門賞とは別の最高峰で、サンデーの母国であるケンタッキーダービーをはじめとするダートの頂点に、いつの間にか近づいていたようだ。
かつて、「ダート馬」という言葉は蔑称のように使われていたが、サウジCやドバイワールドCの賞金を見ると、もうそういう時代ではないことがわかる。
これからは、地方競馬の立ち位置も変わってくるだろう。
時代は変わる。人の気持ちも変わる。ロサンゼルス・ドジャースの常勝ぶりを見ていると、我が軍こと読売巨人軍の動向への関心が、かつてないほど薄れてきた。
やはり、馬も、野球チームも、強いほうがいい。井上尚弥選手を見ていると、人も強いほうがいいと思う。
こんなことを書くと、「強者礼賛の時代は不幸だ」とか言われるかもしれないので、このくらいにしておきたい。