便利な世の中になったものだ。グーグルマップで東京競馬場と中山競馬場の航空写真を見ながら、つくづく思った。
10年ほど前、いや、20年ほど前までだろうか。重ねると膝下くらいの高さになる紙媒体の資料がないと、GIに向けてのノンフィクションや、名馬の蹄跡を振り返る読み物などを書くことはできなかった。
取材中にメモを取らず、資料など見なくても10枚や20枚程度の原稿なら書けてしまう人を何人か知っているが、私は違う。何かを見ながらでないと書けない。だから、特にGIシーズンになると、仕事場はスポーツ紙や専門誌やそれらのコピーなどで溢れていた。ところが今は、ダービーウィークだというのに、デスクに置いてあるのは今月末〆切の文庫解説のための親本など単行本5冊だけ。足元も、床のフローリングがほぼ全面見えている。
以前なら紙媒体から得ていたような情報のほとんどを、今はネットで見つけられる。ネットの情報だけでは足りなくても、出典がわかれば、元になった資料を探せばいい。
で、どうして今、東京と中山の航空写真を見ているかというと、今週末の日本ダービーで本命視されているジャスティンミラノに関する、戸崎圭太騎手の次のような言葉を思い出したからだ。
「皐月賞の3、4コーナーで手応えが怪しくなったのは、それまでワンターンしか経験していなかったのに、今回が初めて4つのコーナーを回るレースだったからだと思います」
戸崎騎手のみならず、(私の知る限り)関係者はみな、東京や、阪神・京都の外回りコースなどの3、4コーナーを「ワンターン」と表現する。だが、中山や、阪神・京都の内回りコースなどはそう呼ばず、各コーナーをひとつとしてカウントする。
今、阪神・京都両競馬場の航空写真もグーグルマップで見ている。
要は、ゆるやかな大回りだと、2つの隣接するコーナーをひとつのように感じ、小回りだと、コーナー毎に回っているように感じる、ということなのか。
なるほど。確かに、こうして各競馬場の航空写真を見ると、東京も、阪神・京都の外回りコースも、3、4コーナー中間点は真っ直ぐではなく、ゆるやかな弧を描いている。だが、中山も、札幌、函館、小倉など他の小回りの競馬場も、3コーナーと4コーナーとの間に直線はない。形状だけで言うなら「ワンターン」になっている。
にもかかわらず、誰も、中山をはじめとする小回りの競馬場の3、4コーナーを「ワンターン」と表現しないのはなぜか。やはり、3コーナーに進入するときも、3、4コーナー中間点でも、そして4コーナーを出て直線に入るときも、急なカーブを回るので、3、4コーナーそれぞれが独立しているように感じられるのだろうか。
以前、武豊騎手が何度か騎乗したドリームジャーニーに関して、コーナーを4回、あるいはもっと回る競馬のほうが向いている、と話していたように、馬も、「ワンターン」の大きなカーブと、小回りのキツいカーブを別のものとして感じているようだ。だからこそ、戸崎騎手のコメントにあったように、ジャスティンミラノも戸惑ったのか。
ところで、先述した、取材中にメモを取らずに書いてしまう何人かのひとりは、競馬エッセイストのかなざわいっせいさんだ。もうひとりはノンフィクション作家の佐野眞一さんで、かなざわさんは2020年、佐野さんは22年に亡くなった。
直木賞作家の白石一文さんも、そうだ。ただ、白石さんが何も見ずに長文を書いた現場を見たのは私ではなく、白石さんが編集者だったころの後輩編集者である。白石さんが専業作家になる前、文芸春秋の「諸君!」という雑誌の編集者だったとき、数名の評論家による座談会が行われた。そこに立ち会った白石さんは、座談会終了後、編集部に戻るとパソコンを立ち上げ、そのまま何も見ずにかなり長い座談会の原稿をすぐにまとめてしまったのだという。
ここまで来ると「伝説」である。私の知人が、誰かに私のことを話すとき、そんなふうに人を驚かせるネタがひとつでもあるだろうか。白石さんほどの記憶力と情報処理能力があれば、ネット時代になっても、執筆スタイルはそう変わっていないはずだ。というか、変える必要がない。生前のかなざわさんも佐野さんも、同じだったのではないか。
さて、今週は相馬野馬追と日本ダービーが行われる。私は金曜日に南相馬に入り、歴代相馬藩候墓前祭を見て、土曜日は宵祭りを取材する。現地には1泊するだけで帰京し、日曜日は東京競馬場に行く。
天気予報を見ると、少し前まで日曜日は曇りの予報だったのに、今は太陽のマークも出ている。
願わくは、好天のもと、新たな「伝説」が生まれるような、素晴らしい「競馬の祭典」になってほしい。