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五月病と競馬愛

  • 2024年06月20日(木) 12時00分
 MLBのロサンゼルス・ドジャースは、現地時間8月28日のホームゲームで配布を予定している大谷翔平選手のボブルヘッド(首振り人形)の画像を公開した。そのボブルヘッドは、大谷選手が愛犬デコピンを抱いているものだ。

「愛犬」のように、動物の前に「愛」をつけて表現することがあるのは、「愛馬」「愛猫」「愛鳥」くらいか。案外少ない。

 つける対象が人間だと「愛妻」「愛息」「愛娘」「愛人」「愛弟子」などだから、触れ合って、通じ合い、あたたかいものを与えてくれる相手には、「愛」をつけたくなるのだろう。

 生き物ではないが、「愛車」や「愛機」にも同じことが言える。

 ここに書き出して、思った。「愛」をつけたくなる対象は、自分の気づかなかったことを教えてくれたり、知らない世界を見せてくれたり、自分の力を大きくしてくれる、という点でも共通している。だから、離れがたいものになる。

 その意味で、私は本当に競馬を愛していると言えるのだろうか。

 何度も書いたように、私は毎年必ず「五月病」になる。すぐに疲れて、気力も体力も持続せず、自分のしていることがどれも無意味に思えて、投げ出したくなる。

 今年も五月病に罹患した。なのに、5月は競馬のハイシーズンなので、依頼される取材も原稿も多くなり、疲弊の度合いはひどくなる。同じ文字数でも、ほかの季節の倍ほど時間がかかり、この仕事も、自分が自分であることも嫌になる。しかも、今年私は60歳になる。押しも押されもせぬジジイである。サラリーマンなら仕事を辞める年齢でさらに成長することなどあり得ないし、前よりいいものなど書けるわけがないと考え、前述した疑問を繰り返す。こんなに競馬関連の文章を書くのを嫌がっているのに、私は本当に競馬を愛していると言えるのか、と。

 そんなとき自分に言い聞かせたのは、「食えないストレスに比べたら、こんなものは何てことない」ということだった。自分の五月病は「贅沢病」みたいなものなのだから、四の五の言わず、とにかく書け、と。

 そうして書いた数十本の原稿のうち、一本だけ、競馬以外のものがあった。昨秋逝去した伊集院静さんの作品のひとつが文庫化されることになり、その解説である。競馬に無関係の内容にすることもできたのだが、武豊騎手と伊集院さんのエピソードを書いた。何度も人に話したことはあるのだが、活字にするのは今回が初めてのネタだ。伊集院さんがいかにカッコいい人だったかを説明するのに、これ以上の具体例はまずない。そのエピソードがあることにより、私以外の誰にも書けない解説になった。いつも以上のスペックを発揮できたのは、競馬のおかげである。やはり私は、どうやっても離れがたい競馬を愛しているのだ。

 さて、先週のマーメイドSで、永島まなみ騎手が騎乗した4番人気のアリスヴェリテが見事な逃げ切り勝ちをおさめた。馬にとっては4回目、永島騎手にとっては10回目の挑戦で、人馬ともに初めての重賞制覇を果たした。日本人女性騎手としては2019年のカペラステークスをコパノキッキングで勝った藤田菜七子騎手、2022年のCBC賞をテイエムスパーダで勝った今村聖奈騎手につづく3人目の重賞勝利だ。

 デビュー4年目の永島騎手にとって、JRA通算97勝目が、嬉しい重賞初制覇となった。50kgの軽ハンデを生かし、迷いのない手綱さばきでリードを守り切った。あと4勝で減量が取れて、▲の3kg減から◇の2kg減になる。そこを壁とせず、逆に、100勝を超えたことを勲章として飛躍してほしい。

 藤田騎手も今村騎手も、まだ重賞2勝目を挙げていない。誰が女性騎手として初めての重賞2勝目をマークするかも見ものである。

 6月になるとあっさり五月病が治った。生きる意味や理由についても余計なことを考えなくなり、今生きていること自体が生きつづける理由なのだと普通に受け止め、またせっせと原稿を書くようになった。

 来週は北海道と栗東の取材などで忙しくなりそうだ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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