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トップジョッキーは「金持ち喧嘩せず」で

  • 2024年07月04日(木) 12時00分
 栗東での取材を終え、京都から東京に向かう新幹線でこの稿を書いている。

 今週からトレセンは夏時間で、朝5時から馬場入りが始まる。調教を見て、関係者に取材し、「よし終わった」と時計を見ると、まだ8時とか9時ということもあって愕然としてしまう。世の中が動き出したときにはもう仕事が終わっているのだ。この季節は北海道や小倉に行きっぱなしの人馬も多く、ほかの季節よりトレセンが静かなこともあり、時間の流れの違う別世界に迷い込んだかのような妙な感覚に襲われる。

 このまま本当に別世界の住人になり、現世で忙しくしている人たちをボーッと眺めているだけで暮らしていけるならそうしてもいいが、1週間もしないうちに飽きるだろう。そんなどうでもいいことを考えながら帰路についた。

 さて、先日、池添謙一騎手と富田暁騎手が、函館競馬場の調整ルームで、互いに粗暴な行為に及んだとして騎乗停止になった。

 あくまで学生スポーツで全国大会に出たり地域選抜メンバーになったりした「昭和の体育会」の私の感覚では──と断っておくが、まず、どんな事情があったにせよ、後輩が先輩に対して何かをした、ということに驚いた。だから富田騎手のほうが悪いとも、逆に、それほどのことになる発端をつくったと報じられている池添騎手のほうが悪いとも言うつもりはない。もちろん、今が令和だということもわかっている。

 彼らに話を聞いたわけではないのであれこれ言うべきではないのかもしれないが、ともかく、よく言う「よほどのこと」だったと思われる。喧嘩両成敗ではあるが、池添騎手が4日間、富田騎手が2日間の騎乗停止と、先輩のほうが重い処分となった。ここに「先輩後輩」と記しているが、互いの感覚も、17歳も違えば、私が体感してきた数歳違いの上下関係とは別のものなのだろう。

 昨年亡くなった伊集院静さんは私より14歳上だった。その差はこれから詰まっていく一方なのかと思うと淋しいが、先輩後輩というより師弟の差である。

 富田騎手とは話したことがなく、どんな人なのかも知らないが、若いころ一緒にアメリカに行くなどしてよく知っている池添騎手にはこう言いたい。あなたほどのトップジョッキーは、「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」の姿勢を、その騎乗や、普段の言動で見せてほしいし、そうすべきだと思う。それに加え、「金持ち喧嘩せず」であることを忘れないようにしたほうが絶対に得ですよ、と。

 彼は、たとえ未勝利戦であっても、負けたときは凄まじい形相で戻ってくるほど勝負に対して真剣だ。その一方で、自分が乗って競走中止になった馬の無事がわかると涙を流すような優しさと、熱さを持った、素晴らしい騎手である。復帰したら、また「らしい」騎乗で、私たちを楽しませてほしい。

 私から富田騎手に言えることがあるとすれば、27歳というのはまだ失敗が許される年齢だし、この一件を「なかったこと」としてこれまでどおり接してくれる人は絶対にいる、ということか。ただ、売られた喧嘩だったとしても、買えばいいというものではない。喧嘩を買っても許され、箔がつく職業は、裏稼業と作家ぐらいだ。自尊心を傷つけられ我慢ならなかったのかもしれないが、何もせず耐え切っていたとしたら、それを評価してくれる人もいたと思う。想像で言う部分が多くなってしまうので、このくらいにしておく。

 とにかく、富田騎手も、せっかく昨年重賞初勝利を含む42勝という好成績をおさめたのだから、今年も(もう下半期に突入するが)頑張ってもらいたい。

 新札が流通しはじめたようだが、まだ現物を見ていない。万札のことをよく「諭吉」と言っていたが、これからは「栄一」になるのか。時代は変わる。

 今回も、とりとめのない話になってしまった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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