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“JRAジョッキー・小牧太”の最後の1日に密着──「最終頑張るわ!」モズアカボスと生んだ歓喜の裏側/前編

  • 2024年07月25日(木) 18時01分
太論

▲移籍前最後のレースを勝利で飾った!(C)netkeiba


7月21日、JRAジョッキーとして最後の日を迎えた小牧騎手。中京記念をはじめ、3鞍に騎乗したこの日──。どんな結末を迎えたか、もうみなさんご存じですよね。『太論』では、「JRAジョッキー・小牧太」の最後の1日に密着。

この日の小牧騎手の第一声から、最終レースで生まれた歓喜のドラマ、夜の小倉に轟いた『栄光の架橋』まで、小牧騎手の貴重な1日を前後編に分けてたっぷりとお届けします!
(取材・構成=不破由妃子)

「小牧太が並んできた! 小牧太、小牧太、やった! ゴールイン!」


 2004年3月の移籍から、20年と4カ月──。2024年7月21日、小牧太騎手が「JRAジョッキー」としての最後の日を迎えました。

 ラストウィークは、ひまわり賞(土曜日・小倉9R)にヤッホーキリシマ、天草特別(土曜日・小倉10R)にワンダーブレット、日曜8Rの3歳上1勝クラスにサイモンカーチス、中京記念(日曜日・小倉11R)にワールドリバイバル、そして夏の小倉開催を締めくくる最終レース(3歳上1勝クラス)にはモズアカボスがスタンバイ。

 10番人気、10番人気、11番人気、14番人気、12番人気という布陣でしたが、きっとどこかで馬券に絡み、「さすが小牧さん!」と唸らせてくれるに違いない。そんな確信めいたものがあったのは事実です。ですが、最後の最後にまさかあんなに鮮烈なドラマが待っているとは──。

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▲最終レースの返し馬に向かう小牧騎手。このあと、まさかあんなドラマが待っているとは…。(撮影:大薮喬介)


 この日最初のレースとなる8Rを控えた小牧さんが、検量室の裏の通路に現れました。挨拶をすると、開口一番「今日は飲むよ(笑)」。いつも通りの小牧さんに、こちらもホッとひと安心。

「昨夜はゆっくり眠れたし、すべていつも通りやね。ただ、調整ルームを出るときに、食堂とかでお世話になったスタッフのみなさんが『元気でね!』って見送ってくれて。なんか感動してしまった。『また来るから』って言ったんやけどね」

 すべてが“いつも通り”のなか、ふいに訪れた最後を意識させる時間。愛されキャラの面目躍如、スタッフさんたちの惜別の眼差しに見送られながら、小牧さんの今日という日が始まったんだな…と思うと、何とも言えない感慨が込み上げました。

 この日のレースについてイメージを聞くと、「中京記念は、前に行こうと思ってる。力のある馬が早めに来たりせんかったら、チャンスあると思うわ。モズアカボスは金曜日に調教に乗ったけど、血統馬らしく、力はありそうやねん。ただ、動かん(苦笑)。行こうとしない、馬が。そのあたりをどうするか…」

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▲この日最初のレースとなった8Rのパドックに向かう小牧騎手。ちょっと表情が堅い?(撮影:大薮喬介)


 泣いても笑っても残り3鞍。とはいえ、気負うことなく、それでいて思慮深く。いろいろと考えを巡らせている様子がうかがえました。

 そして最後に、 「そうや。今日ね、中京記念でジョッキーカメラを付けるねん。なんか面白いことでも喋っておくわ。せっかくだから、ゴール前で嫁さんの名前でも叫んでみようかな(笑)」そんなできもしないことを言い残し、颯爽と去って行ったのでした。

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▲初めてジョッキーカメラを装着。パドックでは、「小牧さーん!」「フトシー!」「コマキー!」などなど、数多くの声援が飛んでいた。(撮影:大薮喬介)


 8Rのサイモンカーチスは、小牧さんが「頑張ったね」と振り返ったように、直線も最後までしぶとく伸び続けて6着。中京記念のワールドリバイバルは、前2頭が飛ばす展開のなか、離れた3番手をキープ。絶好の展開に思われましたが、直線で失速し、11着に終わりました。レース後、すでにモズの勝負服に着替えた小牧さんに話を聞くと、「ポジションは絶好やったけどね。3コーナーから速くなったけど、あそこから下げるわけにもいかなしいし。最終頑張るわ!」

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▲中京記念後には、アルナシームで勝利した横山典弘騎手とガッチリ握手。この日はメイン、最終と50代のベテランジョッキーが制した。(撮影:大薮喬介)


 そう言って右手を上げ、JRAジョッキーとして最後のパドックへ向かっていきました。ちなみに、小牧さんのジョッキーカメラの音声には、ゲートを出た瞬間に発した「うぉっしゃ!」の声が。『太論』で何度も取り上げましたが、仲のいい川須騎手や高倉騎手から「小牧さんはスタートのとき、『よっしゃ!』とか『出たー!』とか『出遅れたー!』とか、とにかくうるさい(笑)」と散々聞いていたので、「なるほど、これか」と納得した次第です(笑)。

太論

▲スタッフさんと笑顔で会話を交わしながら、JRAジョッキーとして最後の返し馬に向かう。(撮影:大薮喬介)


 そして迎えた最終12レース。筆者はエージェントの浄閑さんと検量室の裏にあるモニターの前に陣取り、スタートのときを待つことに。

 3枠4番からポンと好スタートを切ると、出ムチを入れてポジションを取りにいった小牧さん。最初のコーナー手前で外から4頭が上がってくるなか、被されまいと腰を何度か落として馬を促し、内目の3番手を死守。そのまま内ラチ沿いを手応えよく進むと、4コーナーでも外から上がってくる馬たちを後目に内でジッと我慢をしつつ、最後の直線へ──。

 逃げるジャスパーロブスト(松山弘平騎手)が後続を突き放しに掛かった瞬間、その外へ進路を取ったモズアカボスが一完歩ごとに追い詰め──。

「小牧太が並んできた、並んできた! 4番のモズアカボス、小牧太、小牧太、やった! ゴールイン!」

太論

▲最後は余裕を持っての1馬身差。「矢作先生には『ありがとうございました』と言いたいです」(C)netkeiba


 前走、同じ小倉のダート1700mで、勝ち馬から2.4秒離された11着に沈んでいたモズアカボス。最後にこんなドラマがあるのか──歓喜する一方で、どこか茫然としている自分がいました。ふと後ろを振り返ると、「やったー!」と叫びながら涙を流す浄閑さんが…。歓喜していたのは、私たちだけではありません。姿こそ見えないものの、検量室やジョッキールームなどあちこちの部屋から歓声が上がっていて、改めて「すごいものを見た」という実感が押し寄せてきました。

 ちなみに、こんなにひとりのジョッキーの名前を連呼する実況を聞いたのは初めて。小牧さん、愛されてますね!

 興奮冷めやらぬまま、浄閑さんとふたりで検量室前に向かうと、なかなか戻ってこない小牧さんに対し、「あいつ、ウイニングラン行ってるんちゃうか(笑)」という誰かの声が。馬がなかなか止まらなかったというのが真相のようですが、とにかく誰もが今か今かと英雄の帰還を待ちわびていました。

 そのなかには、検量室から出てきた角田大和騎手もいて、「すごいわ…。かっこよすぎます!」と感動しきり。年の離れた後輩にも、その生き様がしかと刻まれた瞬間だったのでしょう。

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▲多くのファンからの「おめでとう!」に応えて、右手を上げる小牧騎手。サインを求めるファンの数は、普段の重賞以上に多かった。(撮影:大薮喬介)



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▲笑顔で引き上げてきた小牧騎手。劇的な最後にもまったく舞い上がることなく「今日は泣かんで!」(撮影:大薮喬介)


 待ちに待った小牧さんが引き上げてくると、ウイナーズ・サークルの前に集まったファンから「おめでとう!」「おめでとうございます!」の大合唱。関係者からも割れんばかりの拍手で迎えられた小牧さんは、「今日は泣かんぞー!」と言い残し、ジョッキー仲間が待つ検量室に消えていったのでした。
(文中敬称略、明日公開の後編へ続く)
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1967年9月7日、鹿児島県生まれ。1985年に公営・園田競馬でデビュー。名伯楽・曾和直榮調教師の元で腕を磨き、10度の兵庫リーディングと2度の全国リーディングを獲得。2004年にJRAに移籍。2008年には桜花賞をレジネッタで制し悲願のGI制覇を遂げた。その後もローズキングダムとのコンビで朝日杯FSを制するなど、今や大舞台には欠かせないジョッキーとして活躍中。

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