パリ五輪の総合馬術団体で日本が銅メダルを獲得した。馬術の日本勢としては、1932年のロサンゼルス五輪の障害飛越個人で優勝した「バロン西」こと西竹一以来92年ぶり2度目のメダル。団体では初めてだ。この歴史的快挙に日本中が沸き、競馬ファンも大いに盛り上がった。
今回出場したのは大岩義明(48、nittoh)、戸本一真(41、JRA)、田中利幸(39、乗馬クラブクレイン)、北島隆三(38、乗馬クラブクレイン)の4選手。2種目を終えた時点で3位につけていたが、最終種目の障害馬術を前に北島選手の馬が馬体検査をクリアできず、20点の減点で5位に後退。そこからの鮮やかな逆転劇であった。
バロン西が金メダルを獲った1932年は昭和7年。目黒競馬場で東京優駿大競走(第1回日本ダービー)が行われた年だ。
国内では軍部の政治的影響力が拡大し、3月には満州国の建国を宣言、5月には軍部急進派によるクーデター「五・一五事件」が起きた。そうしたなか、4月24日に行われた第1回日本ダービーをワカタカが制し、8月14日にバロン西が金メダルを獲得した。
そのダービーはNHKラジオで全国中継された。前週の帝室御賞典が日本初の競馬の実況中継で、これが2度目だった。
<さて、これから挙行されます東京優駿大競走、これは競馬界に一大エポックを画すべき大競走でありまして、日本全国南は九州から北は北海道の産馬地、これに一大センセーションを巻き起こしまして、(略)人はこれを日本ダービーと呼んでおります>
東京六大学野球早慶戦の「夕闇迫る神宮球場、カラスが3羽……」という名実況で知られる松内則三アナの声がラジオから流れた。
最も知られているのは次の一節だろう。
<ただ今、花の散った葉桜、青々とした蔭、緑濃き葉桜の下に十九頭の馬とユニフォーム華々しい騎手がずらりと並んでおります>
それに対し、同年のロサンゼルス五輪は、放送権料をめぐるトラブルから実況中継ができなくなったため、競技を観戦したアナウンサーが近くのスタジオに移動してから、生放送であるかのようにしゃべる「実感放送」で伝えられた。
当時12歳で、のちに日本にモンキー乗りをひろめる保田隆芳氏や、当時9歳で、のちに最年少で日本ダービーを勝つ前田長吉氏は、ダービーのときもロサンゼルス五輪のときも、ラジオにかじりついていただろう。想像だが、保田氏は通っていた根岸の乗馬クラブで、前田氏は、義兄がいた八戸産馬畜産組合で大人たちとラジオを囲んでいたのではないか。
いずれにしても、感覚的には今とつながる時代と言うより、日本史や競馬史のなかの世界と言うべき時代の話である。
それ以来のメダルだったのだから、文字どおりの歴史的快挙である。
言わずもがなかもしれないが、競馬界と馬術界は非常に近いところにある。東京五輪の会場となったJRA馬事公苑の主業務のひとつは馬術の振興だし、競馬学校の教官や、スターター、調教師、調教助手、獣医師、育成牧場の乗り手などには、高校や大学の馬術部の選手だった人が多い。牧場主にも有名な馬術の選手だった人もいたし、最近では馬術の選手だった小牧加矢太さんが障害騎手になったり、引退競走馬の競技会「RRC(Retired Racehorse Cup)」が行われるようになったり、そして、今回メダリストとなった戸本選手が誘導馬で馬場入りしたとき場内に紹介されたりと、わかりやすいところでの接点がとみに増えている。
先週、当サイトのニュースに掲載された「パリ五輪にサラブレッド出場の可能性 馬術出場馬の血統表に“ボールドルーラー”の名あり」も、競馬界と馬術界の距離の(意外なところでの)近さを示す興味深い記事だった。
と、ポジティブな側面から書いたが、かねてより、競馬界と馬術界の折り合いはよくないと言われていた。その主な理由は、馬術界が競馬界を下に見ているからだ、という声もあった。あれはウオッカとダイワスカーレットが何度も激突していたころだから、今から15年ほど前のことになるが、馬術界で行われている馬体ケアの手法などを取り入れていた角居勝彦元調教師に、競馬界と馬術界とでは、どちらの技術が進んでいるのか訊いたら、「馬術界です」と苦笑しながら即答した。
遅れていて、下に見られていたはずの競馬界になぜ危機感がなかったかというと、そのままでも金銭的に困ることはなかったからだと思われる。
しかし、繰り返しになるが、もう15年も前の話だし、前述したように競馬界と馬術界の交わりは年々深くなっている。
今回のメダル獲得を、最近のSNS風に言うと、「競馬界隈」が大喜びしたのも、両者が「馬つながり」の関係にあることを、当たり前のこととしてとらえているからだろう。
と、まあ、あれこれ書いたが、私も本当に嬉しかった。チームの愛称である「初老ジャパン」が流行語大賞の候補にでもなってくれたら、またみんながこの快挙を振り返ることになり、メダル効果がさらに増す。
選手と関係者のみなさん、おめでとうございます。人馬ともに、これからも無事に過ごしてください。