先週の金曜日(9月20日)、直木賞作家・馳星周さんの初めての競馬小説『黄金旅程』の文庫版が集英社から発売された。巻末に掲載されている解説を私が執筆した。集英社文庫の場合、キンドルなどの電子版に解説は掲載されないので、拙文を読むには、紙の本を手にしてもらうしかない。
若いころの私は瞬発力が武器で、原稿用紙10枚ほどなら(テーマにもよるが)1、2時間で仕上げ、それを入稿する前に読み返すことはほとんどなかった。
ところが、キャリアを重ねるうちに、〆切のかなり前から書きはじめ、少し寝かせてから推敲する作業を繰り返すようになった。
おかげで、総じてクオリティーが高くなり、なおかつバラつきがなくなったのだが、ひとつだけ問題がある。原稿やゲラを読み返す回数が多くなると、自分では面白いのか面白くないのかわからなくなってしまうのだ。
それでも、書き終えてから1カ月以上置くと、引いた視点から再評価できるようになる。『黄金旅程』の解説は、文庫に収録された形で読み返すと面白かったのでホッとした。
馳さんは、ステイゴールドと、その血を引く馬たちのファンとして知られている。ステイゴールドの香港表記をタイトルとした本作は、ステイゴールドをモデルとした「エゴンウレア」をめぐる人馬の物語である。高い潜在能力があるのに、ひどい気性難でそれを出し切れずにいるエゴンウレアはもちろん、同馬を支えるホースマンたちも魅力的であることに加え、競馬場の外でのスリリングなシーンなどもあり、時間を忘れて楽しめる一冊である。
私は馳さんのデビュー作『不夜城』からの読者で、たまたま同じ学年で、同じ北海道出身だ。浦河で生まれ育った馳さんが描く日高にも以前から興味を抱いていたのだが、2007年初版の『約束の地で』などに描かれている日高と、馳さんが競馬ファンになってから書いた『黄金旅程』や『フェスタ』『ロスト・イン・ザ・ターフ』などに描かれている日高とでは、陽射しのぬくもりまで異なるように感じられる。
解説は、競馬に詳しくない馳さんの読者にも、競馬ファンにも参考になるよう意識して書いた。先に読んでもネタバレにはならないはずなので、こちらもぜひ、本文と併せて楽しんでもらいたい。
『黄金旅程』の文庫化の2カ月ほど前、7月31日に、河崎秋子さん(崎はたつざき)の競馬小説『銀色のステイヤー』が角川書店から発売された。河崎さんは、『颶風(ぐふう)の王』で2015年度のJRA賞馬事文化賞、『ともぐい』で今年上半期の直木賞を受賞している。
『銀色のステイヤー』に登場する人間たちの輪の中心にいるのは、「幻の三冠馬」を父に持つ「シルバーファーン」。ヤンチャな性格だが、仔馬のころから非凡さを感じさせた芦毛の牡馬だ。
このシルバーファーンを持ち乗りで担当する調教助手の「鉄子」こと大橋姫菜と、生産者の菊地牧場で働くいわくつきの新人従業員アヤ、そして、夫を突然亡くし馬主資格を引き継ぎ、シルバーファーンのオーナーとなった広瀬夫人という3人の女たちが重要な役割を担う。きわめて個性の強い彼女たちの馬や競馬に対する考え方や構え方はそれぞれまったく異なっているのだが、シルバーファーンという特別なサラブレッドのひたむきな走りによって心を奮わされ、同じ方向を見つめていく――。
『黄金旅程』と共通しているのは、競馬を知らない人でも楽しめる、ということ。もうひとつの共通点は、どちらも作者の直木賞受賞からさほど時間を置かずに上梓された初めての競馬小説であることだ。
同時代に生きる2人の直木賞作家の競馬小説を同時に読むことができる競馬ファンは、間違いなく幸せだと言えよう。
さて、先日、JRAから2025年度の開催日割などが発表された。レースのスケジュールや名称の変更などで、私が気になったものが2つあった。
ひとつは、宝塚記念が2週前倒しされ、安田記念の翌週になったことだ。かつて、宝塚記念は、天皇賞(春)を勝つような強いステイヤーと、安田記念で好勝負する強豪マイラーが、距離的に間を取って戦う、春の最強馬決定戦というイメージがあった。が、今後、安田記念から連闘で出てくる馬はほぼ現れないだろう。日本ダービーからも中1週となり、3歳馬の参戦も厳しくなる。もともと3歳馬が勝ち負けするのは難しかったので、これはやむを得ないところか。
もうひとつは、アーリントンCの名称がチャーチルダウンズCに変更されること。米国イリノイ州のアーリントンパーク競馬場が2021年に閉鎖されたことを受けての変更だと思われるが、同競馬場は、アーリントン国際競馬場という名称だった1989年、武豊騎手が海外初勝利を挙げた競馬場だ。翌90年、私が初めて訪れた海外の競馬場もここだった。それから毎年夏になると武騎手の遠征に同行し、いつも近くのウッドフィールド・ヒルトンに泊まった。客室につながる廊下を歩くと、消毒液なのか、このホテル特有の匂いにつつまれ、「今年もアーリントンに来たんだな」という実感が得られた。
日本馬による戦後初の海外遠征として1958年にハクチカラが走ったカリフォルニア州のハリウッドパーク競馬場も閉場してしまった。競馬史の重要な舞台に再び立つことができなくなったのは寂しいが、だからこそ、今も存続するそうした舞台をしっかり書き残す意義がある。
ということで、近々、競馬史小説の舞台となる牧場を取材する。人の作品を褒めてばかりではなく、自分でも書かなくては。