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【JBC回顧・後編】ガッツポーズの仕方がわからなかった!? ウイニングランや観客への一礼など異例のパフォーマンスに込められた佐賀と父への思い

  • 2024年11月08日(金) 18時03分
“VOICE”

▲川田将雅騎手のJBCデー回顧後編(撮影:稲葉訓也)


川田騎手によるJBCデーの回顧後編。“佐賀のJBCのために”と考えていたパフォーマンスや各所への感謝の気持ちを、赤裸々に語ります。

ヘルメットを脱いで一礼した背景には、佐賀競馬の元騎手であり、現調教師である父・川田孝好師の存在がありました。生まれ育った故郷への熱い想いを込めた渾身の騎乗を終え、勝利ジョッキーインタビューで思わず涙した理由とは──。

前編はこちら▼
【JBC回顧・前編】おそらく現役ジョッキーとして挑む最初で最後の地元開催──“川田将雅”としてやらなければいけないことがあった

(取材・構成=不破由妃子)

「トレセンに行ったら、めっちゃイジられましたよ」


──コース取りも含め、3コーナー先頭という仕掛けのタイミングも予定通りだったんですか?

川田 レースの流れのなかでの判断ですね。佐賀でこの流れと形なら、早めに抜け出して押し切ってしまおうと。雰囲気的にウィリアムバローズもノットゥルノも苦しくなりそうでしたし、となると動いてこられるのはメイショウハリオしかいない。そのハリオが並び的に外を回す形を選択しているなか、ウィルソンは内から行かせるので、3〜4コーナーの内外の差を活かしてセーフティリードを取ってしまい、直線そのまま押し切るという形に持っていった。

──先ほどおっしゃっていたように、佐賀を知り尽くしているからこそ。

川田 僕にとっては、まさに庭ですから。そういう場所で、必ず勝てる競馬を組み立てたということです。みなさんが思う以上に難しいんですよ、地方の小回りって。ちょっとした差が大きな差につながりますからね。それが紛れに繋がるんですけど、だからこそ紛れを生じさせない競馬を組み立てる。

──思えば、ここまでGI級競走で2着3回。そんなウィルソンテソーロがついにGI級を勝ったという意味でも、大きな1勝でしたね。

川田 すごく大きなことだと僕も受け止めています。いつも頑張ってくれるけど、なかなか勝ち切るところまでは持っていってあげられなくて、昨年9月の白山大賞典を最後に1年以上、勝てていませんでしたからね。加えて、ウシュバテソーロ

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1985年10月15日、佐賀県生まれ。曾祖父、祖父、父、伯父が調教師という競馬一家。2004年にデビュー。同期は藤岡佑介、津村明秀、吉田隼人ら。2008年にキャプテントゥーレで皐月賞を勝利し、GI及びクラシック競走初制覇を飾る。2016年にマカヒキで日本ダービーを勝利し、ダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を達成。

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