今年41回目を迎えた「現代用語の基礎知識選 2024ユーキャン新語・流行語大賞」が発表され、年間大賞には「ふてほど」が選ばれた。私はこの言葉を知らず、ノミネート語としても見落としていた。そんなによく使われた言葉なのかとキーワード検索してみたら、先月「FLASH」が発表した、ノミネート語のなかで「聞いたことがない流行語」ランキングで同率1位になっていた。テレビドラマから来た言葉らしいが、引きつづき、一部の人にしか使われないだろう。
とまれ、気になっていた、パリ五輪の総合馬術で銅メダルを獲った「初老ジャパン」がトップテンに選ばれたのはよかった。ノミネート語の選定時期がもう少しあとだったら「年収103万円の壁」が入ってきたかもしれないが、これは来年の大賞候補か。
この「新語・流行語大賞」はすっかり冬の風物詩になっており、冒頭に記したように今年が41回目で、第1回は1984年。第1回マイルチャンピオンシップが行われたのも同じ1984年だった。その前週、シンボリルドルフが史上初の無敗のクラシック三冠馬になっている。JRAは創立30年。グレード制が導入されたのもこの年だ。
マイルCSは秋のマイル王決定戦としての地位を確立したが、こんなに使用頻度の低い言葉を年間大賞にした「新語・流行語大賞」は大丈夫なのか。何か事情があったのかもしれないが、取り返しのつかないことをしたという事実は動かない。
さて、来週の本稿で紹介しようと思い、蓮見恭子さんの『君と翔ける 競馬学校騎手課程』(祥伝社文庫)を読みはじめたら面白くて止まらなくなり、一気に読み切ってしまった。タイトルのとおり、千葉県白井市のJRA競馬学校を舞台とした競馬小説であり、臨場感溢れるスポーツ小説であり、爽やかな青春小説でもある。主人公は、騎手課程に在籍する白鳥祐輝。父はGIも勝った一流騎手だったが、落馬負傷後のリハビリ中に病院内の事故で世を去っている。
本作は、プロローグからして意表をついてくる。時は今から20年ほど遡った200×年。ある新人騎手が、主戦騎手の負傷で急きょ騎乗することになった馬で初勝利をおさめた。ところが、表彰式で、その新人騎手は、騎乗馬の主戦だった先輩騎手に殴打される。観客の目の前での事件であった。殴ったのは、主人公である祐輝の父、白鳥祐三だった。
殴られた新人騎手、大坂尚人はのちにリーディングを何度も獲るトップジョッキーとなる。成績のうえでは殴った白鳥を追い越したのだが、あるレースで大坂の馬が斜行したあおりを受け複数の騎手が落馬し、そのなかに白鳥がいた。白鳥が命を落とすのは、この事故からのリハビリ中のことだった。白鳥は殴打事件の真相を誰にも明かすことなく世を去ってしまったのだ。
こうした因縁のある大阪尚人の息子の大坂魁人が、何と白鳥祐輝の同期生として共に騎手を目指すことになる。ほかの同期には、複雑な事情を抱えた女の子もいれば、長身で体重調整に苦労する生徒もいて、スポーツ特別入試制度で合格した生徒もいる。祐輝を含めて5人の同期生が、いかにも今風の子供らしかったり、意外と大人びていたりするやり取りを軽妙なテンポで繰り返す。読んでいて誰が誰だかわからなくならないよう作者が考慮してだろう、序盤にとても見やすい形で合格者(同期生)の一覧があるので、名前を忘れたらそこをチラ見すればいい。
物語に厚みを与えているのは、丹念な取材に裏打ちされた圧倒的なリアリティーだ。特に競馬学校の施設のディテールや、騎手課程の生徒たちがこなすカリキュラム、彼らに出される食事などが実に細密に描かれていて、読んでいると、彼らと一緒に体重管理をしているような気になり、腹が鳴ってくる。
そこに、今どきの流行と重ねた子供たちの心の揺れが重なり、騎手課程での毎日が現実のそれと同等以上の重みをもって、読んでいる私たちの胸の奥に積み重なっていく。さすが、青春スポーツ小説の名手、蓮見さんだと唸らされた。
個人的には、後半部分に出てくる、特別講師として招かれた美浦所属の川崎文博騎手の話が好きだ。外国人や地方出身の騎手の台頭で苦しくなった競馬学校卒業の騎手たちの現状をふまえながら、競走馬にとって、そして騎手にとっての「将来」と「目先の一勝」の重みを考えさせられる、とても内容の濃い講義である。
ヘビーな競馬ファンも、競馬を知らない人も楽しめる一冊だ。いいものを読んだおかげで、機嫌までよくなった。さあ、もうひと仕事してから飯でも食いに行こう。