▲引退レースとなるドウデュースと、第69回有馬記念に挑む武豊騎手(撮影:下野雄規)
今週末に迫った有馬記念。ファン投票で史上最多47万8415票を獲得したドウデュースが、引退レースを迎えます。
その最後の舞台でコンビを組むのは、レジェンド武豊騎手。武豊騎手はこれまで、オグリキャップ、ディープインパクト、キタサンブラックと共に、スターホースのラストランを勝利で飾ってきましたが、今年はドウデュースと、どのような物語を描くのか──。
3頭の名馬たちのエピソードとともに、その感動の瞬間をお楽しみください。
(構成・文:島田明宏)
「燃え尽きた怪物」の復活劇──オグリキャップとの会話
武豊は、有馬記念で歴代最多タイの4勝をマークしている。4勝のうち、昨年のドウデュースでの勝利を除く3勝は、すべて騎乗馬の引退レースであった──。
武が初めて有馬記念を制したのは、今から34年前の1990年。騎乗馬はオグリキャップであった。オグリキャップは1985年3月27日、三石町(現・新ひだか町)の稲葉牧場で生まれた。父ダンシングキャップ、母の父シルバーシャークという、一流とは言えない血統だったが、地方の笠松所属時代に12戦10勝2着2回というパーフェクトな戦績をおさめ、旧4歳時の1988年、中央に移籍する。河内洋が主戦騎手となり(南井克巳も騎乗)、重賞を6連勝。
天皇賞(秋)の「芦毛対決」初戦ではタマモクロスの2着に敗れたが、岡部幸雄を鞍上に迎えた有馬記念でGI初制覇を果たす。翌89年の天皇賞(秋)では武が騎乗したスーパークリークの2着に惜敗するも、次走のマイルCSで武のバンブーメモリーにハナ差で勝利。連闘で臨んだジャパンCでは、当時の世界レコードと同タイムの2着と激走した。
金銭トレードで馬主が替わるなどの人間たちのエゴをよそに、全力でゴールを目指すひたむきな走りで、日本中のファンの心をわしづかみにした。競馬とは無関係のバラエティ番組で女性タレントが突如「オグちゃんが……」と泣き出したり、別の番組にゲスト出演した武が「あの馬は嫌いです」と冗談めかして言ったら一部で叩かれたりと、競馬界の枠を超えて注目される国民的アイドルだった。
ずっと敵方として戦ってきた武が1990年の安田記念で初めてコンビを組むと、まったく危なげないレースで完勝。その後、宝塚記念では岡潤一郎を背に2着となり、天皇賞(秋)とジャパンCは増沢末夫が乗って、6、11着に惨敗。かつてのみなぎるような闘志は見られなくなり、「燃え尽きた怪物」などと言われるようになっていた。
そんなオグリのラストランとなる有馬記念で、再び武に騎乗依頼が来た。武は、あるテーマを持って追い切りに臨んだ。それは手前を替えさせることだった。オグリは右手前で走るのが好きで、右回りのコースで直線に入ったとき、左鞭を入れないと手前を左にスイッチしないのだ。1週前追い切りで試したときはダメだったが、本追い切りでは、左鞭を合図に手前を替えた。よかったころの癖を取り戻させ、内面で燃えるものを呼び覚ます効果を期待したのである。
有馬記念当日、中山競馬場にはレコードの17万7779名ものファンが詰めかけた。パドックでオグリに跨った武は、まだ本来の活力が戻っていないように感じた。
──お前、自分を誰や思ってんねん。オグリキャップやで。これだけのお客さんが、お前を見にきてるんや。
武は胸の中でそう語りかけ、オグリの闘争心に火を付けようとした。
最後にドラマが待っていた。道中好位につけたオグリは4コーナーで外から先頭に並びかけ、直線で鋭く伸びて優勝。引退レースを勝利で飾ったのだ。スタンドが「オグリコール」に揺れた。
「強い馬は強いんです」
レース後、武は力強くそう言った。
この勝利は「奇跡のラストラン伝説」として、今も語り継がれている。
「あの馬はずるいですよね。自分で調子が悪くなって心配させておきながら、最後に勝って盛り上げるんだから」
のちに武はそう言って苦笑した。
オグリキャップはしばしば「白い怪物」と呼ばれた。「怪物」には「先代」がいた。地方の大井から中央入りし、無敗のまま1973年の皐月賞を制したハイセイコーである。「東京都ハイセイコー様」だけで年賀状が届くほどの国民的アイドルとなった同馬は「野武士」とも呼ばれた。
オグリもハイセイコーも超一流の血統ではなく、地方競馬出身という、日本人の判官贔屓の琴線に触れるところがあったがゆえにスターになった。家柄や学歴は今ひとつの地方出身者が、良家のエリートを次々と打ち負かすかのようで痛快だったのだ。
歴史的名馬のフィナーレ「こんなにいろいろ考えさせられた馬は初めて」
それに対し、2005年に史上2頭目の「無敗のクラシック三冠馬」となったディープインパクトは、血統も厩舎も馬主も騎手も超一流だったのに、オグリやハイセイコーに匹敵する国民的スターになった。人々を魅了したのは、武が「走っているというより飛んでいる感じ」と評した、異次元の末脚によるパフォーマンスだった。そう、ディープインパクトは、その強さだけでアイドルになった初めての馬だったのである