▲横山典弘騎手と安田翔伍調教師の対談3回目のテーマは日本ダービー(撮影:林真衣)
ダービーへの“葛藤”「ここを乗り越えられなかったら、やめてもいいですか?」
──ダービーを目指すなかで、横山さんが察した翔伍先生の苦悩というのは、どういうものだったのですか?
安田 皐月賞は、レースだと思って競馬場に行ったのに、レースを使わずに帰ってきた。その影響なのか、コンディションは決して悪くはなかったんですけど、デサイル特有の幼さをまったく見せなくなって。いつものデサイルは、先頭で走るとギャーギャー鳴いたりして、本当に幼いんですよ。
それなのに、皐月賞のあとのデサイルは「やればいいんでしょ」みたいな感じで…。がむしゃらに馬場に行って、真面目にちゃんと走ろうとするから、もともとのバランスの悪さが余計に目立ったりして。そんなデサイルの姿が、僕の目には「なんか走っていても楽しくなさそうだな」と映ったんですよね。
僕は、デサイルのちょっととぼけたような、幼い走りが好きなんですよ。でも、そのときの楽しくなさそうな走りのまま競走生活を続けていくことになったら、どこかで頭打ちになるイメージしか湧かなかった。そうさせないためには、ダービーまでに一度レースを使ったほうが馬はスカッとするのか、それとも中5週を調教だけで進めていったほうがいいのか…。
横山 で、俺に「どう思います?」って聞いてきた。これは本当に迷ってるな、気持ちが乱れてるなと感じたから、ここはしっかり答えなくちゃと思ってね。
──どう答えたんですか?
横山「ステップなんか使わなくていい。普通に戻せばなんてことはないし、お前ならそういう調教ができる。お前なら一発で大丈夫」と。そこはもう信頼関係だよ。
安田 あのときの僕は、次はダービーだという意識が強すぎたんでしょうね。間違った選択をしてしまいそうになってた。でも、ノリさんの「使わなくていい」という言葉で、いつも通り「次に出走するレース」くらいの意識に変わって。そこからは、完全に馬だけに集中できるようになりました。
ノリさんには、1週前の追い切りに乗ってもらったんですよね。たぶん馬が一番しんどさを見せていたときだったと思うんですけど、この調教を乗り越えられたら、いい状態でいけるかもしれないという僕なりの読みがあった。でも、乗り越えられなかったら…。
横山 追い切りのあと、また「どう思います?」って翔伍が俺に聞いてきたから、「よくないな。俺だったら使わない。やめてもいいぞ」って言ったの。そうしたら翔伍が、「よかったです。今日のこの状態をノリさんがよしとしたら、僕はノリさんを疑いました」って言われた(笑)。最初に言った、俺も試されているというのはこういうこと。本当に気が抜けないんだよ、翔伍との関係は。
▲「この状態をよしとしたら、僕はノリさんを疑いましたって言われた(笑)」(撮影:林真衣)
安田 地下馬道を戻りながら、「ここを乗り越えられなかったら、ダービーをやめてもいいですか?」っていう話をさせてもらったんですよね。そうしたら、「俺のことはいいから、翔伍がよくないと思ったら、やめる判断をしてくれていいから」と言ってくださって。
──そんな状態から出走にこぎつけて、しかも勝った。短い時間でデサイルにどんな変化があったんですか?