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「いつか本当に走れなくなったら、私が迎えに来るから」トウショウシロッコと交わした約束(1)

  • 2024年12月24日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲北の大地でのんびり過ごすトウショウシロッコ(提供:上坂由香さん)


 トウショウシロッコという馬を覚えているだろうか。

 2003年生まれだから、今年11月に天国へと旅立ったメイショウサムソンと同期で、クラシックレース(2006年ん)は、皐月賞(9着)、菊花賞(14着)に参戦している。7歳まで走って、通算成績は45戦3勝。京成杯、セントライト記念、福島記念(2009年)、新潟記念(2010年)2着ほか、オールカマーをはじめ、GII、GIIIで3着が6回と惜しくも重賞タイトルには手が届かなかったが、長らくオープンクラスで走り、重賞戦線を賑わせていた。父はアドマイヤベガ、母スパークトウショウ、その父ニッポーテイオーという血統で、新ひだか町のトウショウ牧場の生産馬だ。

 そのトウショウシロッコは競走馬を引退後、長年警視庁騎馬隊で仕事をこなし、21歳となった現在は北海道白老町の白老ホースフレンドファームで仲間たちと森のある自然豊かな広い放牧地で気ままに過ごしている。シロッコを騎馬隊から引き取ったのは現在のオーナーの上坂由香さんだ。月1、2度はシロッコに会いに出かけ、放牧地で愛馬との時間を楽しんでいる。

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▲愛馬との時間を楽しむ上坂由香さん(提供:上坂由香さん)


 上坂さんとシロッコとの出会いは運命的だった。それは2007年4月。札幌在住の上坂さんが雨宿りをしようと偶然入ったのが、すすきのにあるウインズ(場外馬券売り場)だった。たくさんの競馬ファンがフロアにひしめいている。

「みんな叫ぶし、皆騒いでるからすごいな競馬ってと思いました(笑)」

 そんな中、実況アナウンサーの声が上坂さんの耳に飛び込んできた。「トロフィーディール、トウショウシロッコ、トロフィーディール、トウショウシロッコ」思わず画面に目をやると、2頭の一騎打ちが繰り広げられていた。全く競馬を知らない上坂さんはいつしか紫色の覆面をした馬を応援していた。

 勝負の行方を見守る中、「勝ったのはトウショウシロッコ!」というアナウンサーの声が響き渡り、紫色の覆面の馬が先頭でゴールインしていた。その日「東京競馬場グランドオープン記念」というレースで初めて応援したトウショウシロッコ。そのシロッコという響きが上坂さんの耳に残り、記憶に刻まれた。冠名+イタリア語で“北アフリカから南欧に吹く熱風”という意味を持つ洒落た馬名ということもわかった。

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▲2007年 東京競馬場グランドオープン記念(OP)勝利時(撮影:下野雄規)


 以来、シロッコの動向が気になり、スポーツ紙や競馬雑誌を購入したり、それまでテレビのチャンネルを合わせたことのなかった競馬中継を観たりと情報収集をしていた。すると脚を痛めたシロッコが、生まれ故郷のトウショウ牧場で休養していることがわかった。上坂さんは牧場に連絡をして、お見舞いに出かけた。

 初めて間近で見るトウショウシロッコは馬房の中から退屈そうに外を眺めていた。その姿に母性本能が刺激され「こんな怪我は大したことない。必ず治るから」とシロッコを励ましていた。そして「いつか本当に走れなくなったら、私が迎えに来るから」と上坂さんは伝えた。なぜシロッコに「私が迎えに来るから」と言ってしまったのか、上坂さんにもわからなかった。だが退屈そうにしている姿を目にして半ば勢いで伝えたにしろ、上坂さんにとってこの一言は紛れもなく「シロッコとの約束」だった。

 1年以上にも及んだ長期休養を経て2008年7月に復帰後は前述したように重賞で好走し、天皇賞(秋)(7着)にも出走するなど活躍した。2010年11月の福島記念(3着)を最後に競走馬登録が抹消された。

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▲紫のメンコが印象的だったトウショウシロッコ(撮影:下野雄規)


 上坂さんは前もってトウショウ牧場には将来引き取りたい意向を伝えていた。またいつの日か自分がシロッコに乗る日が来るかもしれないと乗馬クラブに通い、乗り方はもちろん手入れなど馬の扱い方を教わっていた。こうしてシロッコを引き取る準備を整えてきたつもりだったが、引退が突然だったこともあり、通っていた乗馬クラブの空き馬房はほんの数日前に埋まっていた。既にシロッコはオーナーサイドから無償で譲渡され、既に上坂さんの愛馬となっていた。引退が決まった馬は長くトレセンに置いておくことはできない。一時期だけでも置いてもらえないかいくつかの牧場に打診してみたが、条件が合わなかった。

 焦った上坂さんは、新ひだか町にある養老牧場ローリングエッグスクラブ(牧場は2018年閉鎖)に相談をした。牧場の馬房に空きはなかったが、ある提案をされた。それは「警視庁騎馬隊で馬を探しているのでどうか?」というものだった。

(つづく)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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