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能登半島地震から1年──「馬の可能性を信じて」角居勝彦元調教師が“消滅集落”の先に見据える希望

  • 2025年01月01日(水) 12時00分
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▲現在は石川県を拠点に活動する角居勝彦元調教師(C)netkeiba


2024年の元日に発生した能登半島地震。地震の規模はМ7.6、石川県輪島市、羽咋郡志賀町では最大震度7を観測しました。

珠洲市には、角居勝彦元JRA調教師が開場した人と馬が共生する森の放牧場『珠洲ホースパーク』があり、引退競走馬やポニーなど全8頭がのんびりと暮らしています。震災から1年──まだまだ復興半ばの能登半島、『珠洲ホースパーク』の現状と、“馬との共存”を見据えた角居元調教師の挑戦を取材しました。

(取材・構成=不破由妃子)

馬は災害があっても本当に強い動物


──2023年8月に、ここ『珠洲ホースパーク』を開場。一般のお客さんを対象とした乗馬体験をはじめ、馬の特性を生かした企業研修なども企画されていたそうですが、その矢先に年明け早々能登半島地震が起きて。復興半ばというところで、さらに9月には奥能登豪雨に見舞われ、11月にはまた震度5クラスの地震がありましたね。

角居 泣きっ面に蜂とは、まさにこのことですよ。日本には、いい言葉があるもんだなと思って(苦笑)。

──能登半島地震から1年が経った今も、市内のあちこちに倒壊家屋が残されている現状ですが、現在、『珠洲ホースパーク』のライフラインはどういう状況なのですか?

角居 9月の水害で水が止まってしまう被害があちこちで出たなかで、『珠洲ホースパーク』では4月の時点で井戸水を浄化して使用するシステムが完成していたので、水は確保できています。人と馬が生きていくためには、水は絶対に必要ですからね。とはいえ、上下水道は割れたままですから、微生物分解を利用するバイオトイレを敷地内に作って。電気もなんとかなっています。

──水にしろ、トイレにしろ、自らシステムを作り出している状況なんですね。9月の豪雨や11月の地震では、どういった被害が?

角居 近くに大きな川がないので、氾濫の被害などはなかったのですが、それでも牧場の半分くらいは水浸しになりました。一部の青草がダメになってしまったので、急きょ牧場を拡張して凌いだり。11月の地震は、このあたりも震度5の揺れがありましたが、新たな被害というものはなかったです。なにしろ、壊れるものはもう全部壊れている状態なので…。いくら揺さぶったところで、もう何も出ないし何も壊れない(苦笑)。

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▲珠洲ホースパーク内の倒壊したままの建物(C)netkeiba


──それにしても、なんで能登ばっかりこんなに…。本当に心が痛いです。

角居 試されていますよね。

──「試されている」か…。一連の災害をそう捉えられる角居先生がすごいし、実際に井戸水の浄化システムといい、バイオトイレといい、決して簡単ではない試練に立ち向かってこられた。

角居 従来通りにインフラの整備を行政に頼るとなると、電気を使うには電線を引いてもらわなくちゃいけないし、トイレも下水を整備してもらわなきゃならない。それを当たり前として生きてきたけど、今回、それが当たり前じゃないということを思い知らされたので。行政の助けがなくても、馬も人も安心安全に生きていける環境をここで確立させたい。その一心でしたね。

──1月1日からクラウドファンディングの第2弾が始まるわけですが、クラファンを実施されたのも、そのあたりの完遂が目標ですか?

角居 そもそも、ここは行政の土地なんですよ。珠洲市に家賃を払って借りているわけです。ということは、ヒビ割れた地面を修復しようにも、まずは議会で決議してからではないと何も進まない。

──なるほど。ここの事務所周りのアスファルトも、いまだにヒビ割れだらけですものね。

角居 そう、勝手に直せないから。議会に通してもらうために市長さんにお願いをしに行くんですけど、「まだ住民の住処も生活もままならない状況で、馬の話を議会に挙げられない」と言われ、まぁそれは確かになと(笑)。とはいえ、2年後、3年後、あるいは5年後ともなると、おそらく忘れ去られてしまう。だったら、クラウドファンディングで支援を募って、できることから始めたいというのがひとつ。もうひとつは、クラファンを通じて、どういう状況かを周知することができる。資金も確かに大事ですが、こういう活動を知ってもらって、みんなから忘れ去られないようにすることも大事な目的のひとつなんですけどね。

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▲▼事務所前のヒビ割れたアスファルト、マンホールは地面に飲み込まれている(C)netkeiba


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──行政を通さなくても、できることはまだまだあるんですね。

角居 先ほどのトイレや水のシステムもそうだし、これからエネルギーをどうするのかとか、どういう通信を持ってくるのかとか。それらはもともとここにはなかったものなので、自分たちで動けるんです。たとえば、馬糞からバイオエネルギーを生み出すという方法にもね、ひょっとしたらチャレンジするかもしれないし。とにかく、最先端の技術と引退競走馬の余生をマッチングさせて、ここを独立した環境で生活できる場所にするための取り組みです。

──災害によって、当たり前が当たり前ではないことを知って、そういう方向に舵を切ったと。

角居 もともとのテーマは、雇用の創出も含めて馬の力で限界集落を復活させることで、その目標は今も変わっていません。今は地震や豪雨があったことで能登が注目されているわけですが、たとえ災害がなくても、10年で人口が10〜20%減ってしまうのがわかっていた地域なんです。そんな地域が短期間で二度、三度と災害に遭い、最近話した県庁の職員さんいわく、「限界集落ではなく、消滅集落だよ」と。

──人口の流出も、加速度的に進んでいるのが現実でしょうね。

角居 そうなんです。まずは元旦の地震で、子供たちが一斉に避難してしまいました。避難先で友達ができれば、もうここには戻ってこない。

──未来の担い手が減ってしまうのは、一番厳しい。

角居 何より、住民全体が復興に希望を持てない状況になっているのがね。今まで珠洲市にあった仕事といえば、農林水産業と行政関係が中心なんですけど、農業でいうと、ようやくお米が収穫できるというときに、9月の豪雨があった。地震で壊れた水路をみなさんで一生懸命直して、本当にようやくというところだったんです。あの雨は、農業を生業とする方たちの心を折りましたよね。

──その方たちが味わった絶望感たるや、想像が追いつきません。

角居 それ以前に水産業もね、カニと鰤の底引き網漁が中心だったんですけど、最初の地震で海底が隆起したことで、港から船が出ていけない状況になった。林業はもともと人手不足の課題がありましたが、土砂崩れでさらに人が入れなくなりましたしね。つまり、この地域の中心だった第一次産業が全滅したんです。今あるのは、地震からの復旧に取り組む行政の仕事だけ。それにしても、人手が足りないからてんてこ舞いで、自分の体と家族を守るために、ここから出て行ってしまう人が多いのが現実です。

──先ほどの「消滅集落」という言葉が重く圧し掛かります。ただ、そんな珠洲市にあって、角居先生はあきらめていない。住民のみなさんが希望を持てない状況とのことですが、先生の視線の先には、どんな希望が見えているのですか?

角居 馬で産業を興すこと、つまり馬の可能性ですよね。もともと災害があろうがなかろうが、それを目的としてここに馬を連れてきたわけですから。馬は、人間の機微を感じて同調する“ミラーリング”という特性を持っているので、教育や福祉、企業の人材育成などにも活躍の場があるはずで、実際に何件かの企業さんとタイアップする話も決まっていたんですが、地震でほとんどがキャンセルになってしまって。宿泊先の確保と食事の提供が可能になれば、またその分野での活動も進めていきたいと思っています。

 それに、馬ってね、地震が起ころうが豪雨に見舞われようが、ことのほか元気なんです。1から10まで人間がお世話していたサラブレッドですから、半野生化させなきゃいけない難しさはありますが、こういう災害があっても本当に強い動物であり、災害があるからこそ必要な動物というところでね、みなさんに周知されるきっかけにもなったかなと思っています。

過疎地の復興の過程を見てもらえる“現場”に


──現在、『珠洲ホースパーク』で暮らしているのは8頭。カウディーリョやベレヌス、グルーヴィットなど、かつてのオープン馬たちが同じ放牧地でのんびり暮らしている姿がとても新鮮です。

角居 重賞を勝ったような馬たちを、こうしてまとめて放牧しているなんてね。ノーザンファームですらできないかも(笑)。カウとベレがリーダー争いをしているなか、思いのほかグルが強くなってきたりして。彼らの動向を見ていると、本当に楽しいですよ。

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▲『珠洲ホースパーク』の馬たちは放牧地でのんびり過ごしている(C)netkeiba


──先生は本当に強いですよね。私だったら、とっくに逃げ出してる…。

角居 調教師時代は、基本的に周りはみんな敵でしたから。足の引っ張り合いもあったしね(笑)。だいぶ鍛えられましたよ。それに、まだ何も成功していないから、くじけている場合じゃない。

──ちなみに、先生は今、どこに住んでいらっしゃるんですか?

角居 ここです。この牧場の事務所で生活しています。9月の豪雨がある前は、輪島市にある天理教の教会を自宅と兼ねていたんですけど、裏山で土砂崩れがあり、住めなくなってしまって。その教会を取り壊したとしても、建物を建てたらいけないエリアになってしまった。

──ということは、しばらくはこの事務所で生活していくのですか?

角居 そうなりますね。まぁ金沢に兄貴が住んでいますし、滋賀にも家族が住んでいる家があるし。そもそも調教師を引退してからは、ヤドカリみたいな生活をしていましたから(笑)。そんなわけで、僕ひとりならどうにでもなりますが、ここには従業員もいますし、何より馬たちがいる。それに、さっきも言ったように、やりたかったことをまだ何も形にできていないんでね。

──ここで歩みを止めるわけにはいかない。

角居 そうですね。たくさんの方から寄付を賜っていますし、講演やイベントを通して寄付をしてくださる方もいて、本当にみなさんに助けられています。いっぽうで、引退競走馬の可能性は本当にたくさん残されていて、それらを生かせる環境を整えるには、まだまだ時間もお金も掛かります。

今は災害の後片付けで、この珠洲市にも業者の車やそこで働く人々がたくさん行き交っていますが、おそらくあと2年で大方の片付けは終わると思うんですよね。となれば、この町から一気に人が減る。それと同時に、新たに人を呼び込める環境を整えたいというのが私の思いです。その準備期間として、この2年が大事になるような気がしています。

──まさに今が堪えどきですね。その先には、能登半島の先端にあるこの珠洲市が、「馬の町」として賑わっていることを願ってやみません。

角居 この過疎地が、これからどうやって復興していくのか。たぶんその過程を見てもらえる“現場”になっていくと思うんですよね。完成品を見てもらったところで、おそらく「復興って何? ローカルって何?」となってしまう。だから、今壊れているこの瞬間を見てもらって、これから1年に1回でいいから、この地域と『珠洲ホースパーク』が変わっていく姿を見にきてほしいなと思っています。

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▲たまに嘶きながらもひとりで自由に過ごすグルーヴィット(C)netkeiba


──被災地であることは別としても、限界集落の復活というのは、日本全国に横たわっている大きな課題ですものね。先生の活動とこの『珠洲ホースパーク』の存在が、そのモデルケースになり得るかもしれない。

角居 自分の田舎がどうなっていくのか、もし心配している人がいたら、ぜひ珠洲市の変遷を見守ってほしい。そこで、変われる、変わっていけるという自信を持ってもらえるような変遷を遂げたいと思っています。もちろん、馬遊びが好きだったら、それを兼ねてきてもらえたらなって。馬に乗って海岸線を歩いたりね、馬遊びは僕らがこれからいくらでも考えていきますから。

──馬遊びといえば、角居先生、馬と一緒に海水浴したりしてましたよね? 稀少なエンタメであり、最高の癒し! やってみたいなぁ。

角居 サラブレッドもね、意外と平気で海にジャバジャバ入っていくんですよ(笑)。とにかく、馬の可能性は本当に多岐にわたると思っています。みなさんの支援がこの町を作り替えるし、馬と馬の余生を助けるはずで、私は生きている限り、その道筋を作っていきたいと思っています。

(文中敬称略)



▽【能登震災 牧場再建プロジェクト第2弾】ホースヴィレッジへの進化を加速させたい!
https://camp-fire.jp/projects/816405/view/backers

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