厳しさこそ、本当の愛情-。
河内洋調教師(62)と岩崎翼騎手(23)。師弟関係にそんなことを思った。河内師といえば、騎手時代に全国リーディングの座に3度輝き、00年には五大クラシック完全制覇を達成。03年に惜しまれつつ引退し、調教師に転身した名手だ。
厩舎開業7年目となった13年に、所属騎手として迎え入れたのが岩崎。5年がたっても「アイツが乗る時はいつも胃が痛くなる」と河内師。岩崎Jは「怒られてばかりです。でも、厳しいけど、優しい先生です」と照れ笑いする。
将棋の藤井四段、卓球の張本選手らのようにはいかない。競馬は若手の台頭が難しい。C・
ルメール騎手、M・デムーロ騎手といったJRA免許を取得した外国人騎手が活躍。リーディング上位はベテラン騎手ばかりだ。10位以内に20代がいないのだから、いかに若手が育ちにくいかが分かるだろう。
「昔とは違うからなぁ。今は乗り代わりが当たり前」と河内師。優勝劣敗。勝負の世界なのは、昔も今も変わらないが、義理や人情が希薄となりつつある時代。馬の騎手選びも、馬主から理解を得られないことにはうまく進まない。重賞を勝っても乗り代わるのだから…。
調教師が弟子として受け入れた騎手を育てるのは難しい。「若手は1回失敗すると、乗り続けることが難しい。勝つのも大事だけど、納得する競馬をするかどうか。ちょっとしたことで着順が変わるんだから。馬主さんに納得してもらえるか、だよな」。師匠としては弟子に乗せてやりたい。ただ、18頭出走すれば、勝ち馬は1頭だけ。17頭が負ける。それが競馬だ。リーディング上位ではない所属騎手を乗せてもらうのだから、師匠が“胃が痛くなる”のも当然だろう。
数を多く。できれば質のいい馬にも乗せてやりたい。自然と弟子の岩崎には厳しくなる。「馬に合った乗り方ができていない。“乗っている”というよりも、“乗せられている”感じ。馬を自分で操作せなアカン。乗り役が感じてやらないと」。河内師は自らの経験を惜しみなく伝え続けている。
岩崎Jがデビューしてからの河内厩舎を調べると分かることがある。岩崎Jが騎乗数、勝利数で断トツのトップ。師匠の優しさに支えられた成績といえるだろう。騎乗数でいえば、2位・川田の約3倍だ。ただ、数多く乗っているとはいえ、勝率は低く、現状は師の思いに、弟子が十分に応えられているとはいえない。
18日のユニコーンSに出走した
サンライズソア。岩崎とのコンビで2勝と、自ら信頼を得てつかみとった重賞挑戦だった。所属する河内厩舎の馬で、自身初の重賞Vを-。結果3着と、思いは届かなかったが、今後につながる大きな経験となったに違いない。
そんな
サンライズソアの馬房の上に、最近ツバメが巣を作った。親がエサを探しに巣を発つ。エサを口にした親が、子の待つ巣に戻る。厩舎ではツバメが行き来する光景を目にする。「ツバメは学習能力があって優秀なんだ。ツバサは名前をツバメに変えた方がいいかもな」。河内師が笑う。親ツバメが師匠なら、子ツバメは弟子。手のかかる弟子をサポートする自分の姿と重なるのかもしれない。岩崎翼。その名の通りに両翼を広げ、いつか恩師を安心させる日が来るだろう。(デイリースポーツ・井上達也)
提供:デイリースポーツ