美浦の馬が栗東に滞在することは決して珍しいことではありません。この春は
桜花賞を目指す
マウレアと
マイラーズCに出走する
ヤングマンパワーが長期滞在していました。
しかし今週、夏のローカル時期に栗東で関東馬の調教ゼッケンを見つけて。
「あれ? どうしてこの時期に?」
と、思いながらそのゼッケンの該当馬を調べて二度ビックリ! 障害オープンの
エルゼロだったのです。さらにもう1頭、障害未勝利の
シロクニも滞在中というではありませんか。
障害馬2頭だけで栗東滞在なんて、これまでにはなかったこと。その真意を探るべく、まず
JRA栗東トレセンに聞いてみました。
「馬房の有効利用等の観点から、個々の馬がよりベストなコンディションで出走できるように今年6月から開催貸付条件を見直しました。
未勝利馬を除くことが前提ですが、美浦所属馬は主に中京と小倉遠征時に栗東トレセンを、栗東所属馬は主に福島と新潟遠征時に美浦トレセンをそれぞれ10馬房を上限に利用できるように見直されました」
整理すると、馬房の貸付条件は以下のとおりとなります。
■美浦所属馬の栗東出張
1)京都、阪神は全条件出走予定馬(現行どおり)
2)中京、小倉は未勝利馬を除く出走予定馬(条件拡大)
3)金沢、園田、名古屋、高知の交流重賞出走予定馬
■栗東所属馬の美浦出張
1)中山、東京は全条件出走予定馬(現行どおり)
2)福島、新潟は未勝利馬を除く出走予定馬(新規)
3)南関東、盛岡の交流重賞出走予定馬
今回栗東へやってきた武井厩舎の障害馬2頭は、この取り組みをいちばんに利用していた馬たちでした。障害オープンの
エルゼロ、障害未勝利の
シロクニは8月10日に栗東トレセンに到着し、8月16日早朝に小倉競馬場へ出発しています。
そこで、武井調教師に今回この制度を利用した理由を伺いました。
「まず、輸送が与える馬への負担を減らしたかったからです。競走馬は20時間以上輸送すると熱発するリスクが上がることがわかっています。美浦から小倉へ直接輸送すると、これに該当するリスクがあります。
しかし、いったん栗東に滞在できれば、1回の輸送で20時間を超えることはなくなり、輸送熱のリスクが減ります。
それから、栗東の施設が使える魅力も大きいです。今回この2頭はウッドチップコースで追い切りました。小倉競馬場ではダートコースしかないので選択肢がありませんが、栗東ならウッド以外に坂路、本馬場なども選べますからね」
そして、今回の遠征では該当しませんでしたが、この仕組みを利用すれば栗東に滞在させながら新潟と小倉など複数場の番組を選んで出馬投票できるようになります。
「これまでの小倉開催では、美浦所属馬は先述のとおり地理的条件に加えて、出馬投票の仕組みにおいても明らかに不利でした。美浦所属馬が小倉競馬に出走させたければ小倉競馬場に直接滞在するしかありませんでしたから。
つまり、小倉の希望レースを除外されたら無駄足になるので、そのリスクを覚悟の上で遠征させるしかありませんでした。
でも、栗東に滞在できれば小倉のレースを除外されても冬なら阪神や京都、夏なら新潟のレースへの再投票が可能になります。もちろん、小倉と他場の両睨みでレースを選べるので、想定を見て有利なほうを選ぶことも出来るようになります。
冬の小倉開催では特に美浦所属馬にとって活用し甲斐のある制度だと思いますね。
たとえば、1000万下の条件戦だと小倉ダート1700m戦は出走希望馬が多い激戦区で除外馬が数多く出ていました。でも、似たような条件の阪神、京都でのレースはフルゲート割れしているケースが多かったんです。
このとき、栗東所属馬なら阪神、京都に再投票できます。しかし、小倉滞在中の美浦所属馬は翌週にスライドするか、出走を諦めて美浦に帰るか、しか選択肢がなかったんです。
でも、新制度を使って栗東に滞在していれば、美浦所属馬でも小倉を除外されたら阪神や京都で出走できるようになります」
なるほど。このように相互的に選択できるレースの幅が広がれば、自然と全体の出走頭数も増えますね。これは馬券的にも妙味が増します。いずれは
競馬予想紙にこの仕組みを活用した馬に対する注記が登場するのではないでしょうか。
今後、厩舎が勝ち星を伸ばすためにこのような取り組みをいかに自分たちに有利に使えるかが鍵となるでしょう。
「勝つためにいい仕組みは積極的に活用していきたい」(武井師)
どのような布陣でひとつでも多くの勝利を得るか、各調教師の手腕に注目です。
(取材・文:花岡貴子)