ドリームパスポートが6着に敗れた2007年の
有馬記念は松田博キュウ舎の所属馬として出走した最後のレース。その一戦で手綱を取った高田が記者に耳打ちしてきたのは、年が明けた08年
アメリカJCC直前のことだ。
「有馬が終わった後に馬がグンと良くなった。その後の状態は知らないけど、1か月やそこらで急に悪くなることもないと思うし、メンバー的にも負けようがないでしょ」
結果は1番人気に支持されるも5着に敗戦。堅実な末脚が代名詞の馬が、直線早め先頭から失速する目を覆いたくなるようなレースぶりが気になった高田は、(騎乗していた)松岡に連絡してみたところ、「こんなに行きたがる馬の調教がよくできてたな」と言われたそうだ。
「でもガツンと行きたがる馬なんてウチのキュウ舎にはあまりいないじゃん? 俺からすれば、この馬も当たり前に乗っていただけやからさ。で、そのときに初めて思ったわけ。ウチの調教は他と違うのかな。もしかしたらすごいのかもって」
そう、その通りなのだ。芝1200メートルのGI出走が1回(1999年
スプリンターズS=
レッドチリペッパー5着)しかなかった一方で、
エンドスウィープ産駒の
アドマイヤムーンを2400メートルの
ジャパンC(07年)で勝たせるなど、距離克服の手腕は他の追随を許さなかった松田博キュウ舎。その基盤になっていたのが馬が行きたがりそうなハロンラップ15秒程度のキャンターで、長めから丹念に乗るキュウ舎独特の調教方法――と松田博元調教師から聞いたことがある。
「適性みたいなものがあるのはわかるけどさ。坂路で馬の行きたいように行かしといて“この馬は距離が持ちません”って…そんなアホなことがよく言えるなって思うよ。人間の扱い方ひとつで距離をこなせる馬はつくれるはずだし、短い距離しか走れないような馬では馬主さんもつまらんやんか。その期待に応えるようにやっていかんとな」
そんな昔の話を持ち出したのには理由がある。GIII京都2歳S(24日=京都芝内2000メートル)に出走する
ワールドプレミアがデビューする直前に、似たような話を聞いたからだ。
「正直、馬はできていないんですけど、この状態で馬を仕上げにいってしまったら、ガーッと行ってしまう馬になる感じがして…。背中の感触はいいし、ウチのキュウ舎に来たからにはクラシックディスタンスでの活躍を期待してもらいたいじゃないですか。先生(友道調教師)は長めの距離が好きな方。僕らもそこを意識した馬づくりを目指していますからね」
1分31秒4のレコードで
マイラーズC(14年)を制した
ワールドエースを全兄に持つ血統。その特徴は弟
ワールドプレミアにも感じると大江助手は口にした。だからこそマイラータイプに針が触れてしまう可能性をできるだけ避け、クラシック路線に乗せるために、いま何をすべきかを考える――。まるで仕上がっていないように見えた初戦のパドックは、そんな陣営の思惑が反映したものだったわけだ。
確かにクビ差の辛勝は見た目に地味で、勝負どころの反応も鈍かった。外から馬が来たことで、初めて走る気を出したようなレースぶりをどう受け取るかは人によってかなり差が出そう。しかし手綱を取った
武豊の「本気で走ったのは、ほんの少しだけだった」というレース後の発言は陣営の狙いが正しい方向へと動きだしている証明のように記者には思えた。
この京都2歳Sで結果を出したとしても、GI
ホープフルS(12月28日=中山芝内2000メートル)に向かう可能性は低いと聞いているが、だからといって目イチの勝負をしてくるわけでもない。あくまで来春を目指す、その過程でどれほどのレースができるのか。
ワールドプレミアの器が計れる一戦になる気がしている。
(松浪大樹)
東京スポーツ