オルフェーヴルが新種牡馬としてデビューしたとき、現役時に管理していた池江調教師が「
オルフェーヴルは簡単じゃないよ。仮にウチの厩舎に入らず、担当したのが森澤(助手)でなかったら、活躍できていなかったかも」と漏らしたことがあった。
すでに3世代をターフに送り出している現在、その言葉の重みをひしひしと感じることが頻繁にある。平成史に残る名馬の産駒が思ったほどの成績を残していないからだ。
オルフェーヴルの代表産駒の一頭、
ラッキーライラック。彼女の最近の成績も微妙なもの。それなりの着順にはまとめてくるものの、最後の勝利は昨春の
チューリップ賞までさかのぼる。実に1年8か月も勝ち星から遠ざかり、今週の
エリザベス女王杯でも3歳馬に主役の座を譲っているわけだが…。
現在の
ラッキーライラックを見れば、その状況に陥っていることこそが不思議に思えてしまう。昨年よりも明らかにボリュームを増し、馬体の
バランスも整った。担当の丸内助手が「今こそが完成期」と胸を張るのも納得の状態。では、なぜ勝つことができないのか?
「不利のあった
阪神牝馬S(8着)を別にすれば、どれも自分から積極的に動いて、
タイムアタックに持ち込んでいる。例えば、前々走の
ヴィクトリアマイル(4着)。あの厳しい流れでよく頑張ってくれたと思いますが、あの形の競馬は結局、“目標になりやすい”。1分30秒台で走れない馬はふるいにかけられてしまったけど、それに対応できる馬にとっては楽な状況。かわすべき対象が分かっているんですから。力が拮抗してくる古馬のレースでは、そこが差になってしまうのかな」
しかし、それが理由であるのなら、おそらくは今回も同じこと。
ラッキーライラックは再び後方待機馬の目標になり、またも惜敗するのでは?そう話を振ると、丸内助手は「そこで
オルフェーヴルの話になるんです」。文頭のエピソード。実はここへとつながる話でもある。
「僕は
ラッキーライラックに“前の馬を捕まえたら、それ以上は無理をしなくていいんだよ”と教えてきました。気性に難しいところのある
オルフェーヴルの産駒は、調教をやり過ぎると燃え過ぎてしまう。精神面に不安を抱える若駒の時期は特にそうなんじゃないかと考えていたからです。
それは間違っていないと今でも思っているけど、この馬の走りを振り返って考えたとき、そのように教えてきたことが最後のところで出ていたんじゃないか。それが惜敗してしまう理由だったんじゃないかとも考えるんです。
今回の1週前追いでは手加減せず、この馬のキャリアで初めて目一杯に追ってみました。精神面がしっかりして、競走馬として完成したと思えたからこそ実行できたわけで、実際にあれだけの追い切りをした後でも燃え過ぎるところがまるでない。ここまで待って良かったと思うと同時に、今回は最後まで走り切ってくれるかもしれない。その部分にも期待しています」
惜敗続きだった
リスグラシューを“勝ち切る”馬に変えた昨年のモレイラのように、勝ち星から見放されている
ラッキーライラックをスミヨンが勝たせれば、おそらくは鞍上の“マジック”のように書かれるだろう。だが、今回のポイントはそこだけではなく、難しいとされる
オルフェーヴル産駒のスイッチを押すタイミング。これを間違えなかったところにあるのではないだろうか?
ラッキーライラックが後続の追撃を振り切り、久々のGI制覇を成し遂げれば…。
オルフェーヴル産駒へのアプローチの方法が見えたという意味で、とても意味深い瞬間になる。
(栗東の本紙野郎・松浪大樹)
東京スポーツ