当方が競馬記者として駆け出しのころ、手応えをつかみにくい代表格が「泣きの昭ちゃん」こと大崎昭一騎手だった。生まれ持った性格もあるのだろうが、放たれる発言に強気な面は皆無。声だけ聞けば、勝つイメージがまるで湧かなかったと言えようか。
昭和から平成、そして令和へ時代が流れた今、ジョッキーの気質も昔とずいぶん変わったが、それでも個性豊かな面々にあって
ジャッジの難しいやからは存在する。当方にすれば令和の代表格はすでに中堅の域に入った
田辺裕信かもしれない。とりわけ印象的なのは
ロゴタイプ(8番人気)で制した16年の
安田記念だ。
「(状態は)前走と変わらないですよ。いや〜、メンバー強いっしょ。ハナに行くかは状況次第ですよね」
当時はまだキャラをつかめず印を△に下げてしまったが、決して悲観的ではなく、競馬に対して甘い見立てをしない、それが
田辺裕信というジョッキーなのだろう。最悪で「無理っす」が出ない限り可能性はある…というのが当方の“田辺観”である。
その意味でオッと思わせたのが、阪神JFに出走する
マルターズディオサ。その1週前追い切りに騎乗した直後の彼の言葉だった。
「小ぶりでもおとなしくてワサワサしない。競馬で乗りやすい馬ですよ。(問題は)ゲートだけですね。中でバタバタするけど練習はしてくれているというし、出れば遅い馬ではないので」
一見インパクトは薄いが、彼の口から出るコメントとしては至って前向き。
ウーマンズハートに3馬身半ちぎられた新馬戦に対しても「新馬戦はペースが遅くなりがちだし、勝ちに行くのもあって前へ行っちゃったから」と勝負付けが済んでいないことをにおわせるのだから、ある意味で衝撃的でさえあった。
この驚きをさっそく
手塚貴久調教師に伝えると「ずいぶん馬は成長したと俺にも言ってたよ。感触はいいんだろう。前走の
サフラン賞(中山芝外1600メートル)はただでさえ不利な外枠。それを外からねじ伏せるんだから強い競馬だよ。印象は地味だけど、
マウレアくらい走ると俺も思っているんだ」とこれまた強気発言。
マウレアがハイレベルな
アーモンドアイ世代の阪神JF(17年)3着馬だけに、強い関西勢の一角崩しもあながち夢ではない? 今週は“泣かない田辺”に注目だ。
(美浦の宴会野郎・山村隆司)
東京スポーツ