第161回
天皇賞・春(5月3日=京都芝外3200メートル)の最大の見せ場は、ゲートが開く瞬間になるのかもしれない。出遅れが続き、リズムを崩したあの実力馬の新パートナーに指名されたのは春8勝+秋6勝の「天皇賞14勝男」
武豊。すでに“
キセキのツボ”をつかんだ男が、平成だけでなく、この令和もマジックを魅せる――。
「勝負の世界に“
タラレバ”は禁物」とはよく言われるが、時には“
タラレバ”で違う未来を想像するのも楽しいものだ。
例えば昨秋のラグビーW杯。準々決勝の日本対南アフリカ戦の前半に、南アフリカの1番が危険なタックルで
イエローカード(10分間の退出処分)となった。この判定はゲーム後に日本代表監督が「これまでのゲームなら
レッドカード(退場処分)が出されていた」と発言したように、けっこう微妙なもの。もしあの時点で1番が退場していたら、ゲームは、そしてW杯の行方はどうなっていただろうか?
天皇賞・春の前哨戦、
阪神大賞典もそんな“
タラレバ”を想像したくなるようなレースだった。1番人気に推された
キセキが痛恨の出遅れ。その後に脚を使って、番手を確保したものの、結局は最後にスタミナ切れを起こしてしまい…。
それでも勝ち馬
ユーキャンスマイルとの着差はわずかに0秒6。
キセキがゲートで固まっていた時間をレース映像を見ながら計測してみたが、どう短く見積もっても1秒前後はある。おまけにゲートを出てから大きく左に旋回していた。
まともにスタートを切っていたなら、ぶっちぎっていたのでは。そんな想像(妄想?)を角居厩舎のスポークスマン、小滝助手にぶつけてみると「確かによくあそこまで残れたな、という感じですね。ゲートさえ普通に出てくれていれば…」と苦笑交じりに同意してくれた。
「4、5歳時には逃げも打てていたくらいで、嫌がるそぶりもなかったんですが、だんだんと(ゲートで)渋るようになってきまして…。結果、
有馬記念(5着)、
阪神大賞典(7着)と2走続けて大きく出遅れてしまいました」
突然の異変に戸惑っているようだが、もちろん、陣営も手をこまねいているだけではない。スタートのうまさには定評のある名手・
武豊を鞍上に配する、まさに最善の一手を打ってきた。
「15日にゲート再審査も合格したので、そこから2週続けて(
武豊に)乗ってもらい、感覚をつかんでもらいました。先週のウッドでの追い切りでは、緩急もついていたし、反応良く最後までしっかり伸びた。言うことなしの内容でしたね。しっかりと“
キセキのツボ”が伝わっていると思います」
そう口にした小滝助手は
天皇賞・春8勝を誇る名手の手腕に祈るような期待を込める。
「あとはスタートを決めてさえくれれば…。いいスタートじゃなくていい。五分のスタートでいいんです」
2017年
菊花賞勝ちに、18年
ジャパンC、19年
大阪杯、
宝塚記念2着…。純粋な走力が現役トップクラスであることは言うまでもない。今年の
天皇賞・春は、
武豊=
キセキのスタートいかんによって、勝負の行方が大きく左右されることだけは間違いなかろう。
(元広告営業マン野郎・鈴木邦宏)
東京スポーツ