京都競馬場の名物と言えば?…3コーナーの坂に、馬場中央の池。あと、カレー味のキャベツが入ったホットドッグ。あれはうまい。記者は謎に包まれたパドックの木を思い浮かべる。“気になる木”だ。
円形のパドックはJRA全10場で京都競馬場だけ(他9場は楕円形)。その真ん中に高さ約7メートル、直径0・7メートル、幹周り2・2メートルの大きな木が立つ。モチノキ科の
クロガネモチだ。公園樹、街路樹として植えられることが一般的だそうだが、
クロガネモチが「苦労がなく金持ち」を連想させ、縁起のいい木として庭木としても好まれるらしい。
京都競馬場のモチノキは2本しかない。パドックの1本と、調整ルームと事務所の間に1本。パドックのモチノキはいつからあるのだろうか。京都競馬場馬場造園課の鹿内英登課長に取材した。
「この木は近隣の小学校から譲り受けたそうです。1938年のパドックの写真で木が確認できます。79、80年のスタンド改築工事を実施した時に、パドックを昔の配置から少し変えたので、それに伴って、木を元々あった位置から今のパドックに移したという記録があり、移植の工事写真も残っています」
最低でも樹齢80年を超える木が現在もパドックに残っている。しかも、小学校の木だったというから驚きだ。
JRAに残る記録は以下の通り。
1938年 スタンド工事などによって馬蹄形のパドックとなり、中心ではないが、木が確認できる。
53年 馬蹄形で木が存在する。
58年 円形になっていて、中心に木が確認できる。ただし、53〜58年のどのタイミングで変更したのかは不明。
記憶にも頼ろう。69年に騎手デビューした西浦勝一調教師に聞いた。「前のパドックでしょ?大きな木があったのを覚えているよ。騎乗まで、パドックの周りにある椅子に座って待っていた」。やはり昔からパドックに木は存在していた。
ネット上に飛び交う“木を動かそうとしたら、不吉なことが起こった”“たたりがあって動かせなかった”といった不確かな情報は、根も葉もない噂のよう。「歴史は長いですが、不吉なことが―といった事も記録に残っていませんし、聞いたことはありません」と鹿内課長だ。
京都競馬場は11月1日の開催終了後、開設100周年を迎える2025年の記念事業の一環としてスタンド、馬場などの改築工事を行う。大幅な
リニューアルとして注目されるのはグランドスワンの改築だが、パドックの
シンボルでもあったモチノキは今後どうなるのか?「木として何年持つのか分からないので、計画の段階でパドックには木を入れないことが決まりました」。JRAが発表した工事終了後の予想図からもわかるが、楕円に変わるパドックに木は存在しない。
他場とは違う京都のパドック風景には趣があった。木が姿を消せば、ガッカリする人もいるだろう。競馬場のどこかに残すことはできないのだろうか。「歴史ある木なので、残したいと思っていて、移植も選択肢のひとつですが、樹齢を経ていて衰えがある。活力を取り戻すように、土壌改良、土の入れ替え、根を育てる薬を散布といった作業をここ10年で4回ほど行っていて延命している現状です。移植に耐えられないとなった時に、違う形で残すことも考えています」と説明してくれた。
最も長い時間モチノキの近くにいた関係者にも興味がある。30年間も木の下でカメラ撮影しているグリーンチャンネルのベテランカメラマンだ。「撮影中にクモが手の上をはったり、首筋に入ろうとしたり。知らない間にクモの糸が張っていて…ということは何度もありました。蚊も多かった」と苦労も多かった様子。それでも、プロ目線でいう“いい絵”が撮れるのは京都ならでは。「上から撮る他の競馬場と違って、あの位置で撮れるのは京都だけ。馬を映す前に少し風景を入れるのですが、木陰から木漏れ日がキラキラと差すんですよ。他ではできない特徴のあるカットです」。木がなくなるのは少し寂しそうだった。
パドックでオッズや馬体重を確認したいファンにとっては、木が視界をさえぎることもあっただろう。それでも、木に関する苦情は聞いたことがないという。来場人数は限定されるが、京都競馬場を訪れた人にはぜひ見てもらいたい。そしてテレビで観戦するファンもパドックに注目してほしい。関係者から大事に育てられ、名馬たちの歩くパドックを見守ってきたモチノキ。京都開催は残り2週間。“名物”を心に刻みたい。
(デイリースポーツ・井上達也)
提供:デイリースポーツ