デアリングタクト、
コントレイルと無敗の3冠馬が誕生し、競馬史が大きく塗り替えられた2020年。もう一つの重要なキーワードは「牝馬の時代」の到来だ。
ラッキーライラック、
グランアレグリアなどが牡馬との混合GIを制した上半期シーズン。最たる驚きをもって迎えられたのは、
クロノジェネシスが
宝塚記念で見せた圧巻の強さではなかろうか。
各馬が馬場の悪化によるスタミナの消耗に苦しむ中、一頭だけ楽な手応えで進出を開始すると、直線ではあっという間に先頭に立ち、終わってみれば6馬身差の完勝。
サートゥルナーリアに続く2番人気の支持を集めていたとはいえ、誰もここまでの強さは予見していなかったことだろう。
「雨馬場を苦にしない強みを生かせた部分もあるとは思いますが、状態面からいい勝負になるという自信は持っていましたし、古馬となってこちらが思っている以上の成長を見せてくれています」と当時を振り返る斉藤崇調教師。改めてデビューからの足跡をたどることで、驚くべき成長曲線の要因を探ってみたい。
新馬→アイビーS連勝の内容は、好位につけ、なおかつ上がり最速の瞬発力を見せるセンス十分の取り口。この時点で
クロノジェネシスを成長途上の晩成型と捉える向きはほとんどなかったように思われる。
そして3戦目に挑んだ阪神JFでは、これまでとは違うマイル戦の速い流れに後手に回る形となり、追い込んだ直線で
ダノンファンタジーとシ烈な勝負を繰り広げるも、わずか半馬身差及ばず2着。当時、開業して3年目の若いトレーナーにとって、千載一遇のチャンスを逃したことを悔しがる局面と思われたが、レース直後に「マイル戦のスタートじゃなかったですね」と苦笑しながら話す斉藤崇調教師が続けた言葉は強く印象に残っている。
「後ろの位置からでも脚を使えて、彼女らしい競馬はできたと思います。ギリギリに見えた馬体にもまだ成長の余地がありますし、2歳で彼女の競走生活が終わるわけではありませんから」
見据える先は、クラシックさえも通り越した、今の充実期だったのではないだろうか。
3歳春シーズンは前哨戦の
クイーンCこそ勝利するものの、
桜花賞、
オークスはともに3着善戦止まり。同世代の牝馬の中ではトップクラスの実力があることを証明した一方で、GIを勝つには一歩足りない印象も抱かせた。しかし、その敗戦の中にも印象に残ったシーンがある。
桜花賞後の検量室裏で、
グランアレグリアで勝利した藤沢和調教師から長時間にわたってレクチャーを受ける斉藤崇調教師の姿がそこにあった。真剣な顔つきで名伯楽の言葉に耳を傾ける新進トレーナーが、敗戦の現場で学びとったものは決して少なくはなかったはず。そこで交わされた言葉をいまさら確認することはやぼかと思われるが…。
桜花賞の
グランアレグリアはぶっつけでの参戦でしっかりと結果を残し、そして
クロノジェネシスはぶっつけでの
秋華賞挑戦を選択している。スイッチが入りやすく、常に一生懸命走ってしまう性格の牝馬にこそ、成長を促すためには休養を与える必要があるというヒントをつかんでいたのではないだろうか。何しろ2か月以上間隔の空いたレースでは、ここまで負けたことがないのだから、その“テッポー巧者”ぶりは見事なものだ。
以前は放牧で
リラックスできたことで馬体に成長は見られても、トレセンに帰厩した直後は
テンションが上がってしまい、それを一旦はオフに戻してから立ち上げる調整がなされていた
クロノジェネシス。しかし、「精神面が大人になってきてくれたこともありますし、こちらも休み明けでの調整法をつかめてきましたからね」と師が“完成形”に近づいてきたことを示唆する機会が増え、4歳初戦の
京都記念ではその言葉にたがわぬ堂々とした競馬ぶりで牡馬相手に快勝。そして
宝塚記念での圧巻の走りへとつながっていく。
天皇賞・秋(日曜=11月1日、東京芝2000メートル)には現役最強馬として競馬界をけん引してきた“牝馬の時代の真打ち”
アーモンドアイが登場。常にトップを走り続ける才女と比べてしまうと、
クロノジェネシスの足跡は決して派手なものではないかもしれない。しかし、幾度の敗戦の中に見いだした輝きを増し続けさせた結果が
宝塚記念の走りであることは疑いようもない。最強牝馬の座をかけた戦いに、ぜひ注目していただきたい。
(栗東のバーン野郎・石川吉行)
東京スポーツ