芝GI9勝の大記録を打ち立てターフを去った
アーモンドアイ。
ラッキーライラック(牝5・松永幹)が彼女と同じ年に、同じ性を授かったことは不幸なことだったのか?いや、石川吉行記者は目頭を押さえながら筆を進める。「そんな逆境の中で積み上げた数々の勲章…。だからこそ、彼女は気高く、強く、美しい」。
ラッキーライラックに身も心もささげた中年記者の第65回
有馬記念(27日=中山芝内2500メートル)“V5有終走”に寄せる熱い思いを聞け!!
牡馬、牝馬ともに無敗の3冠馬誕生という歴史的偉業に沸いた2020年の競馬界。しかし、一頭の馬がGI勝利を独占した裏には、クラシック制覇を夢見た同世代の多くの馬たちが涙をのんだ事実がある。生まれた年が悪かった?そう簡単に割り切れるものではあるまい。とくに消長が激しいとされる牝馬戦線においては、たとえ3歳時にGI制覇を達成していようとも、古馬となって思うような成績を残せずに、繁殖入りした馬も決して少なくはない。
そんな中、古馬となってからも輝きを放ち続けたスーパーホースがいる。
ラッキーライラック。一昨年の牝馬3冠は
桜花賞2着、
オークス3着、
秋華賞9着。史上最強馬
アーモンドアイに挑み続けるも、その高い壁にはね返され続けた。
しかし、昨年の
エリザベス女王杯で1年8か月ぶりの勝利を飾ると、今年は牡馬相手に
大阪杯を制し、前走の
エリザベス女王杯では連覇を達成。女王の呼び名に恥じない活躍を続けている。そして迎えるラストラン。
有馬記念ではどういった走りを見せてくれるのか。
「いつも通りに1週前はしっかりと速い時計を出して、負荷をかける追い切りを行った。いい動きでしたね。今は本当に充実していて、たくましくもなりました。当週の追い切りはジョッキー(福永)騎乗で感触を確かめてもらえば、態勢は整うと思います」(松永幹調教師)
この“いつも通り”の調整で“充実”の境地にたどり着くまでには、幾多の紆余曲折があった。
そもそも、
ラッキーライラックは阪神JFを勝って2歳女王の座に就いた当時、完成度の高い馬とみられていた。しかし、
アーモンドアイという強力なラ
イバルの出現で状況は一転する。何しろいつも通りの仕上げでは勝てない相手に立ち向かわなければならないのだから、さらなるレベルアップが要求されるのも仕方のないところ。怪物級の末脚を封じる好敵手の役割を演じようとするあまり、早めの競馬を強いた面もあろうか…。
バランスを崩し、勝利から見放される中、自分を取り戻すきっかけとなったのが昨年の
エリザベス女王杯だった。思うように前めの位置を取れなかった偶然もあるが、そこで慌てることなく、切れ味を引き出す競馬を試みたのがスミヨン。
凱旋門賞で2度にわたって父
オルフェーヴルの手綱を取った名手には、その面影を重ねるところもあったのだろう。ラチ沿いを解き放たれたように伸びて、古馬GI制覇の悲願を成し遂げた。
思えば
オルフェーヴルの初年度産駒としても注目を集めた2歳時には完成度の高さを評価する一方で、能力のみならず受け継いだ荒ぶる気性が、いつ暴発するか懸念する声も聞かれた。
しかし、決められた枠に収まりきらない個性を生涯、発揮し続けたのが父なら、その娘もまた周囲の持つイメージとは違った引き出しを隠し持っていたのかもしれない。好位で上手に立ち回る器用さもあれば、馬が行く気になるまで我慢させれば、とてつもない爆発力を発揮する。尻尾を立てて
バランスを取る独特の走りもまた個性の一つだ。
「本当にいつも頑張ってくれますし、改めてすごい馬だと感じました。これほどの馬に巡り合えたことを感謝しています」と
エリザベス女王杯を勝った直後のインタビューで語った松永幹調教師。
陣営が“いつも通り”と話す調整過程と、古馬となってからの“充実”ぶりは、
ラッキーライラックの個性を能力の一つと認めるまでの我慢の時間があってこそ勝ち得たものではないだろうか。
女王杯連覇達成時に手綱を取ったのは、くしくも
アーモンドアイの主戦を務めてきたルメール。
「勝つ自信がありました。2歳からずっと
トップレベルで走ってきた馬ですから」との弁は、ラ
イバルとしてその力量を認めてきた証でもある。
ジャパンCでドラマチックにラストを飾り、ひと足先にターフを去った
アーモンドアイとは牝馬3冠を最後に、相まみえることはなかったが、同じ年に生まれた女王2頭の違ったステージでの活躍が“牝馬の時代”をけん引してきたことは間違いない。
“もう一人の女王”はラストランにふさわしい一年の締めくくりのレースで、我々にどんな夢の続きを見せてくれるのだろうか?その女王たる華麗な走りをしっかりと目に焼き付けておきたい。
(栗東のバーン野郎・石川吉行)
東京スポーツ