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オリヴェットが繋いだ赤い糸、感謝を胸にグランプリへ

デイリースポーツ
  • 2021年12月22日(水) 18時28分
 大波乱となったエリザベス女王杯が終わった数日後。アカイイトを担当する若林雅人助手(栗東・中竹厩舎)と長く話す機会があった。彼ともかれこれ古い仲。大仕事を祝福すると「頑張った馬のおかげです」と愛馬への感謝を口にしていた。

 そのうち、昔話に花が咲き、彼が今に至るまでの歩みを振り返った。すると、デビュー時に担当した忘れられない馬がいるという。それはオリヴェットという馬だった。栗坂崇氏が所有していたダンスインザダーク産駒。当時は新人であることがひと目で分かる白橙帽をかぶり、先輩方の背中を追いかけ、必死に食らいつく日々を過ごしていた。

 驚かされたのは彼の記憶力。まるできのうのことのように、ともに歩んだ日々を事細かく教えてくれた。「よく覚えているでしょ?普通、16年もこの仕事をやっていたら、過去に担当していた馬であっても記憶が薄くなるも当然だと思います。でも、あの馬は特別。栗毛の小さな馬で、何せかわいかったですから」。

 深く記憶に刻まれているのは、オーナー夫妻の馬への愛情。「どこの競馬場であれ、いつもご夫妻で見に来られていました。レース後も必ず厩舎地区まで足を運んでいただき、新人の僕に対しても優しく声をかけてくださいました。今思えば、頼りないと思われていたでしょうし、ベテランの方が担当した方が安心されたと思います。それでも、オーナーは結果が出なくても責めることなく、常に励ましてくれました」。

 ただ真っすぐに、高みだけを目指して仕事に励んでいた若林だったが、熱意や努力だけでは通用しないのが競馬の厳しさ。勝利の日は遠く、厚い壁にはね返された。「僕も若かったし、いつも“勝てる!”と思ってがむしゃらにやっていました。でもなかなか思うようにはならず、結局、勝たせてあげることができませんでした。しかも、最高着順は6着。二千前後の距離を走って8、9着を拾うのが精いっぱい。当時の僕は、周りのことなど目に入らず、自分のことでいっぱいいっぱい。あとになって、厩舎に足を運ばれた奥さんが“8着に来たばかりに(出走停止にならず)馬を入れ替えられなくてごめんなさいね”というニュアンスのことを話されていたことに気付きました。馬だけではなく、厩舎や僕にまで気を使っていただいて…。本当に頭が下がる思いです」。

 苦い経験の中にも、思い出深いエピソードがあるという。05年7月下旬、真夏の小倉に遠征した時のこと。「馬に夏バテの症状が見られました。新人の僕にとっては初めての経験だったので大慌て。厩舎の先輩のみならず、地方競馬で厩務員をされていた方など片っ端から対処法を聞いて回りました。すると、皆さんに協力していただいたお陰で、馬が立ち直ってくれました。そのことを知った栗坂さんが、僕のことをすごく褒めてくださって。今でもあの時が一番うれしかったですね。立ち直った次のレースの6着が最高着順。精いっぱい走っての6着でした。一生懸命走った分、その後に反動が出て結局、勝つことができませんでしたが…。それでも、すごく愛着がありましたし、とてもいい勉強をさせてもらいました」。

 実は、これまで中竹厩舎に在籍した栗坂氏の所有馬は2頭のみ。オリヴェットが引退した後、栗坂氏とは疎遠になったが、ある日、若林は思わぬところで再会を果たした。「7、8年前、福島競馬場へ出張した際に、オリヴェットの子が走っていたんです。その時に厩舎エリアでバッタリお会いして。以前と変わらず紳士な方で、僕の名前も覚えていてくださって。すごくうれしかったです」。

 そして、次に栗坂氏の名前を聞いたのが、エリザベス女王杯を勝ったあと。思わぬサプライズに、感動で胸が熱くなった。「中竹先生のところにお手紙が届いたそうで。先生もうれしかったのでしょう。僕に“若林君のような真面目な人がGIを勝ってくれて良かった”という内容の手紙だったと教えてくれました。遠くからでも見ていてくださっていたと思うと…本当にうれしかったです。僕なんかよりも真面目に働いている人はいっぱいいるけど、自分なりに、一生懸命やってきて良かったと思いました。それと同時に、新人の頃の仕事ぶりを思い出して、初心に帰って、また頑張ろうと思いました。栗坂さんには感謝しかありません」。

 一期一会とはまさにこのこと。一頭の馬との出会いが、未来の新たな1ページを作る。「GIを勝ったことでお手紙を頂けましたし、これもアカイイトが繋いでくれた縁だと思います。オリヴェットとの付き合いはたったの4カ月。その時はまだ勝つ味を知りませんでしたが、今振り返れば、勝つことに等しい経験をさせてもらいました。あの馬には“真摯に向き合えば、馬は必ず報いてくれる”ということを教えてもらいました。これまでに得た経験を、これからはアカイイトに注ぎたいですね。有馬記念なんて、願っても出られるレースではありませんし、チャンスをいただいた岡オーナーには感謝しています。もちろん、僕を大舞台へ連れて行ってくれたアカイイトにも感謝。勝った負けたは時の運ですが、全力を尽くして、いい状態でレースへ臨みたいです」。

 決戦まであとわずか。在厩調整で順調に乗り込まれてきたアカイイトは、大舞台へ向けて思惑通りに上昇カーブを描いてきた。「毛ヅヤの良さは体調がいい証拠でしょう。以前のカリカリした面も見られませんし、結果として在厩調整もいい方に出ています。レース当日まで、さらに調子を上げられるように頑張りたいです。もちろん走るのは馬ですが、僕が大きな舞台に立つ姿を見てもらうことで、お世話になった皆さんに少しでも恩返しができたらと思います。栗坂さんにも、また元気な姿を見てもらえたらありがたいです」。

 誰の記憶にも残らない未勝利馬でも、誰かにとっては大切な愛馬だ。オリヴェットとの出会いがあったからこそ、若林は地道に努力を重ね、アカイイトに巡り会った。人馬にとって、グランプリはさらなる飛躍の場となることだろう。ファン投票は堂々の7位。11万9360票の感謝の思いを胸に、全てのホースマンが夢見る晴れ舞台に立つ。(デイリースポーツ・松浦孝司)※敬称略

提供:デイリースポーツ

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