名古屋北東部の文化果つるところに建つ私の自宅の箱庭には、小ぶりながらも、しだれ桜の木が植わっており、毎年この時季、
ソメイヨシノにわずかに遅れて花が咲き始める。それにしても、桜の花がこうも我々の心をとらえて離さないのはなぜなのだろう。一つはその可憐さ、もう一つはパッと咲いてパッと散る、その一瞬の輝きゆえと何かで読んだことがある。
それはまるで3歳春のクラシックを目指し、1年弱の短い間に強い輝きを放つサラブレッドたちのようだ…って何やら不似合いかつ強引な前置きになってしまったが、いよいよ2022年クラシック開幕の
桜花賞(10日=阪神芝外1600メートル)である。
あるベテラン調教師がこう言っていた。
「
桜花賞は権利を取るのが難しいレースなんだ。素質、能力はもちろん、早めに勝ち上がるために、仕上がりが早い馬じゃないといけないからね」
施行日時が早いということは、それだけ準備期間が短いのは至極単純な理屈だ。その限られた時間の中、キャリアわずか2戦で
桜花賞への道を切り開いてきた馬が今年は2頭いる。
クイーンCを制した
プレサージュリフト。そして本稿の主役、
トライアルの
チューリップ賞で本番でも人気を二分するであろう
ナミュール、
サークルオブライフの間に割って入った
ピンハイだ。
昨秋の新馬戦(阪神芝内1400メートル)は出遅れていきなり馬群から離される、馬券を買っていれば悲鳴を上げたくなるような状況から始まったのだが…。スピードに乗って押し上げていくと、最後は狭いところを割って出てみせた。
5か月の休養明け&重賞初挑戦となった
チューリップ賞も決していいスタートではなかったが、最内枠を利して上手にリカバリー。直線で外に出さず、あえて内の狭いところに突っ込んだのは新馬の成功体験があってのことだろう。13番人気の低評価を覆す、見事な2着だった。
「とにかく根性があるなと思いましたね。もともとスタートが上手ではないのですが、初戦よりは上手に出れたのかな。鞍上(高倉)も枠を生かして乗ってくれたし、馬もよく頑張ってくれたと思います。初戦は1400メートルであのスタートでしたから、もう少し距離は長いほうがいいかな、とは思ってました。ただ2戦目がいきなり重賞だったので、(距離適性うんぬんよりも)どんな競馬をしてくれるのか、力試しのつもりで送り出したんですけどね」
管理する田中克調教師は当時の偽らざる心境を振り返った後、大舞台への調整もまた正直な実感を教えてくれた。
「真面目で穏やかなんですが、それほど大きな馬ではないので、体の維持に神経を使いながら調整しています。食いがいいタイプでない割には、カイバをよく食べてくれていますね。とはいえ、以前と比べて…という意味で、やっぱりこの時期の牝馬は難しい。逆に言えば、まだ成長段階であれだけの走りをしてくれる。やっぱりいいものは持っていますよね」
そう、400キロ台前半の未完成な馬体ながらも、わずか2戦で大舞台へたどり着いたことこそが、
ピンハイの無限の可能性を物語っている。
「長くこの世界でやっているので、クラシックの重みは分かっているつもりです。僕が張り切って結果につながるなら張り切りますけどね(笑い)。しっかりと調教の管理をして、無事に送り出す…そのことだけを今は考えています。体調は良さそうなので、いかに馬体を維持しつつ本番に臨めるかですね」
開業2年目、初のGI挑戦となる田中克調教師に気負いは感じられない。本番に向けて静かに闘志を燃やしている、そんなイメージだ。
技術調教師時代に教えを請うた藤沢和元調教師の引退レース当日、自ら中山に駆け付け、花道を見届けた。
「あの日、あの場所にいないと一生後悔すると思いましたので。藤沢和先生の下で勉強させていただけたことは、かけがえのない本当に大きな財産ですね」
改めて感謝の気持ちを口にした田中克調教師の初のクラシックが、偉大な調教師の後に続く大きな第一歩になるのか、注目せずにはいられない。
(元広告営業マン野郎・鈴木邦宏)
東京スポーツ