佐賀市から鳥栖市に移転し、今年度50周年を迎える
佐賀競馬場。「うまてなし」と題し、騎手、調教師のみならず売店のおばちゃん、パドックの手書き黒板職人、警備員など競馬場の様々な人たちが一体となって、佐賀競馬ならではの温かいおもてなしを行っています。
netkeibaでも佐賀競馬にまつわる人の「うまてなし」をご紹介。初回は、ブ
リーダーズカップを制覇し、国内でも数々のGI制覇を果たす
川田将雅騎手(
JRA)の父・
川田孝好調教師のインタビューです。フランス・
シャンティイなどで海外視察も行い、手入れの行き届いた厩舎からは川田騎手の起源が窺い知れます。また、
JRA重賞2勝を挙げて移籍した
グレイトパールの近況も伺いました。
(取材・構成:大恵陽子)
◆
的場文男騎手と自転車を漕ぎ中学校へ通った下積み時代◆
――祖父の代から三代にわたって
佐賀競馬場で厩舎を構えていますが、川田調教師ご自身は元々、大井競馬でジョッキーをされていたと伺いました。
川田孝好調教師(以下、川田) 元々は
JRAの保田隆芳厩舎で下乗りをする話があったのですが、二転三転して親の判断でキャンセルになり、その後、たまたま祖父と兄弟弟子のような関係だった中野要調教師(中野栄治調教師(
JRA)の父)が九州に来た時に「明日、東京に帰るけど、ついて来るか?」と声をかけられ、「飛行機に乗れるんだ!」と思い「行きます」と答えました。たしか中学2年生の終業式の1日前だったかな。バタバタしながら大井に行きました。
的場の文ちゃん(
的場文男騎手)とは同い年で、僕が半年デビューが早かったんですけど、一緒に自転車を漕いで中学校に通っていましたよ。
――そこからどんなきっかけで
佐賀競馬場に戻ってきたのですか?
川田 サラリーマンだった父が、
佐賀競馬場が現在の地に移転してきた頃に調教師になったんですけど、年末年始に帰省した時に様子を見ると、騎手がいなくて調教が大変そうでした。
当時は御礼奉公という慣習があって、減量が取れるまでの3年間は師匠の元で修行することになっていたんですけど、師匠の中野先生はうちの事情も分かってくださっていて「特例だけど九州に帰してあげる」と言っていただき、1974年から佐賀に移籍してジョッキーをしていました。
――そうすると、現在の地に移転してからの競馬場で騎乗するようになったんですね。旧競馬場の記憶などはありますか?
川田 祖父は旧競馬場で調教師をしていたので、しっかり覚えています。競馬場から少し離れたところに厩舎を構えていて、毎朝50分くらい川沿いの土手を歩いて調教に行き、帰りはいろんな道を通って帰ってきていました。
例えば農道を通ると、長く伸びた草が朝露で濡れていて、厩舎に着く頃には馬の脚がしっかり冷えているんです。他にも、膝くらいの深さの川の中を曳いて帰ることもあって、これも脚元のクールダウンですよね。昔の厩務員さんは腕が達者でした。
――現在では脚を冷やすために細いホースを巻きつけて水を流していますが、自然を利用して同等のことを行っていたんですね。昔は競馬場の周りに点在していた厩舎も、現在の地に移転後はコース脇の一カ所にまとめられました。川田調教師は馬を扱う上で、どういったことに気を配っていますか?
川田 一番気にかけているのは、馬のメンタルです。
JRAのようにレース後に育成牧場に出してリフレッシュさせることは
地方競馬では難しく、ずっと在厩していますから、できるだけストレスが溜まらないように、と考えています。
私の厩舎がある場所は端っこで、夕方になるとものすごく静かなんです。山のそばで、これからの季節は緑がどんどん濃くなります。馬は緑色を見てすごく
リラックスするんですよね。とても気に入っている場所です。
◆
グレイトパールと同居生活!?◆
――川田調教師ご自身は厩舎に住まわれているとか?
川田
グレイトパールの真上で寝泊まりしているんです(笑)
――まさかの、厩舎看板馬の馬房の2階にある部屋なんですね。
川田 最初はすごく気を使いました。階段を上る音とか、テレビの声とか。でも、馬も慣れて、お互い普通にやっています。賢い馬なので、環境に動じることがないですね。
私自身も生まれた時から厩舎で育っているので、カイバ桶が揺れて
カンカンと鳴る音、馬が前掻きする音、馬栓棒がカ
タカタという音、そういった音が聞こえている方が落ち着くんです。42歳の時に自宅を建てたんですけど、寝泊まりするのは年に1〜2回です。
――
グレイトパールは
JRAで
平安S、
アンタレスSと重賞2勝を挙げ、2018年12月に佐賀へ移籍してきました。佐賀に来てからの状態はいかがですか?
川田 ずっとツメがネックでして、
ディープインパクトのようにツメがとても薄い馬なので、地面がちょっと硬いとか、逆に柔らかすぎるとか、そういったことで違和感が出る馬でした。ところが昨年、信楽牧場での休養から帰ってきてから一度もツメの心配をしなくてよくなりました。毎年夏は信楽牧場に休養に出ていたんですけど、昨年は暑くなるのが早くて1カ月早く出していました。
それまではエクイロックス(接着装蹄)でしたが、帰厩後は釘で蹄鉄を打てています。馬も楽になった分、パフォーマンスが上がってきて、9歳になった今年も衰えを感じません。調教も、ある程度設定したメニュー通りに行えるようになりました。
――そういった状態の良さがあり、「佐賀版
有馬記念」と言われる
中島記念での勝利や、
佐賀記念JpnIIIでも4着と健闘したんですね。そういえば、川田調教師は調教には乗ってらっしゃるんですか?
川田 乗りたいんですけど、なかなか腰が上がらなくて(苦笑)。2020年のさがけいば祭りで「ジョッキー
マスターズレース」に出場した時には無理やり2週間前から調教に跨ったんですけど、レースは使う筋肉や心肺機能が全然違いますね。
ゲートではみんなで「久々だし、ゆっくり行こうか」と話していたのに、ガッシャンと開いた瞬間、みんなジョッキーだった頃のスイッチが入って必死になっちゃって。ワンターンの700mってだけでもキツいのに、乗った馬はしまいに脚を使う馬で、ゴールを過ぎてからエンジンがかかって、止まらなくて。もう酸欠になってしまいました(苦笑)。
――エキシビションレースながら、往年の名ジョッキーたちの真剣さが伝わってきます。こういったことを含め、佐賀競馬はいろんなファンサービスを行っていますね。川田調教師にとっての「うまてなし」とは何でしょうか?
川田 どの競馬場でもファンサービスはやっていますけど、佐賀には佐賀のファンサービスがあると思います。今はインターネットで馬券が売れることが主流になっている中、競馬場に来ていただけるお客さんはとても大切にしないといけないと思っています。
「全国の競馬場に行くけど、佐賀っていいよね」と言っていただけることがあれば一番いいなと思います。一つの競馬場を演出するには騎手や調教師だけでなく、主催者やいろんな人がいて初めて競馬ができます。私は調教師の仕事をきっちりやって、競走馬を無事に競馬というステージに上げてあげることが仕事であり、私にできる「うまてなし」だと思っています。
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佐賀競馬場では今週10日、3歳牝馬による重賞「
ル・プランタン賞(ダート1800m)」が行なわれます。世代別牝馬重賞シリーズ「グランダム・
ジャパン3歳シーズン」の一戦で、全国の
地方競馬場から有力馬が参戦予定。どうぞご注目ください。
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