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バーイード敗戦で思い出すシンボリクリスエスのラストラン

スポニチ
  • 2022年10月21日(金) 05時00分
 【競馬人生劇場・平松さとし】デビュー以来10戦10勝。G1も6連勝中だったバーイード(英国、W・ハガス厩舎)が、英チャンピオンS(G1)で4着に敗退した。ラストランでのまさかの敗戦に、タイキシャトルが思い出された。

 1997年に名門・藤沢和雄厩舎からデビューしたタイキシャトルマイルチャンピオンシップ(G1)連覇や安田記念(G1)勝ちのほか、フランスへ遠征してジャックルマロワ賞(G1)を制すなど、世界を舞台に無双した。そして、12戦11勝2着1回というほぼ完璧な成績で、98年、ラストランとなるスプリンターズS(G1)に臨んだ。この成績に加え、同レースは前年に勝っていることもあり、単勝は1・1倍。圧倒的1番人気に支持された。

 しかし、結果はまさかの3着。レース後、藤沢和雄調教師(当時)は「種牡馬入りの決まっている馬を故障させるわけにはいかないし、正直、仕上げるのが難しかった」と肩を落として語った。

 ところが同師はそれから5年後、違う意味で再び競馬ファンをアッと言わせる。

 2001年にデビューし、3歳で天皇賞・秋(G1)を勝つなどしたシンボリクリスエス。03年の有馬記念(G1)は、現役最後の一戦であり、連覇を懸けての出走となった。

 オリビエ・ペリエを背にした同馬は、直線に向いて独走。2着に9馬身もの差をつけ、当時のレコードである2分30秒5という時計で圧勝してみせた。

 「“ラストランだから藤沢が先を考えずにびっしり仕上げた”なんて言われたけど、あれはオリビエがやり過ぎなだけ」

 のちに苦笑しながらそう言うと、さらに続けた。

 「厩舎としてはシャトルの時と同じで、仕上げるのに気を使いました。ただ、クリスエス自身が最後まで成長を続けていたので、ああいう結果になっただけです」

 いつの時代も国がどこでも、次の馬生が決まった馬のラストランは現場にとっては難しい。バーイードの敗戦をみて、日本の伯楽の言葉を思い出しつつ、そんなふうに感じた。 (フリーライター)

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